昏い嘘


「怖くないわ」
 木虎が言った言葉に、オレはすぐにそれが嘘だと分かった。
 分かったのに、何も言えなかった自分が嫌だった。





 いつだか、恐怖がないならボーダーなんて辞めてしまえと諭したことがあった。
 いつだか?つい最近のことじゃないかと思い直したら、いびつな笑みが口元に浮かんだのが分かった。
 彼女は一度死と同じ感覚を味わっている。
 だけれど、オレたちは誰かを助けたいという崇高な理念だけで「死にに行く」ことになるかもしれない選択を迫られている。

「ねえ、玉狛の子たちは何を考えているの?遠征に行きたいって、分からないわ」
「仲間を助けたいから、だってのは知ってるよなあ、さすがに」

 でも、と木虎は言い募った。
 オレたちは兵士。オレたちは戦士。
 だけれどスーパーヒーローでもスーパーヒロインでもない。
 ボーダーに所属しているのだって、たまたま三門市に生まれて、たまたま巻き込まれて、たまたまトリオン体には年少者が良くて。義憤はあったかもしれない。家族や友人、隣人、知り合い…理不尽な「戦争」への憤り。
 でも、そんなものは後付けの理由かもしれない。
 戦えればいいという遊びの時間は終わりを告げようとしている。
 いや、最初からそんなものあり得なかったんだ。
 だけれどオレたちはまだ中学生で、高校生で、そんな崇高で、陰鬱で、生と死が隣り合わせの兵士になるには早すぎた。

「木虎、死ぬのは怖いか。近界民と戦って、誰かを救って、その代わりに自分が死ぬのは怖いか?この星じゃない所に行って、どうなるか分からないそこに行くことになるかもしれないのは怖いか」

 聞きながら、オレは自販機に120円を入れる。


「怖くないわ」


 木虎が昏く低い声で嘘を答えるのと同時に、彼女のために買おうと思ったカフェオレのボタンを押す。

 ああ、130円になったんだった。10円足りない。

 いつのことだったろう。
 ああ、オレたちには、何かが足りなくなってしまったんだ。
 足りなくなったのは、いつのことだったろう。