苦い嘘
「妹だ」
そう言ってからしまったと思った。別段誤魔化すのにはちょうどいい言い訳なのだけれど、なぜかしまったと思った。理由は分からない。
俺のその‘言い訳’に級友は「お前可愛い妹いるんだな」と納得したようだった。
納得されたのが余計に居心地が悪いのは、なぜ?
*
『昨日お前可愛い子と一緒だったな』
『は?』
『いや、駅前でコーヒー飲んでたじゃん、二人で』
楽しげな級友に言われて俺は内心舌を打った。昨日。帰りに一緒だったのは間違いなく日浦だったからだった。隊の訓練ではなく狙撃手の訓練の方が入っていた昨日、それが終わってから特に予定もなかったからいつも通り日浦と一緒に帰った。普段と違うことといえば、帰りの時間が早かったことだろう。普段ならもっと遅くなるから、彼女を家まで送っていくことになって、寄り道なんてできない。
見とがめられるなんて疚しいことはしていないし、そもそも街中で見かけたから、というだけの理由なのに、俺はどうしてか俺たちの関係を知らない人間に日浦と二人でいるところを見られたのがどうにも嫌だった。
独占欲かもしれない。気恥ずかしさかもしれない。
ボーダーの中なら日浦は俺の弟子だし、俺たちが一緒にいることにあえて言及する者なんていないけれど、それはボーダーという特殊な組織の中でだけ成立しうる関係だ、ということを忘れていた。
ボーダーを一歩出れば、俺と日浦は少し年の離れた先輩と後輩くらいにしか見えないだろう。そうして俺や日浦の年代の人間は性別の違う相手と一緒に過ごすことは珍しいと思う。ボーダーの絡まない日常では、俺にも女子の友人なんて少ない。それが年齢も違うとなればなおさら物珍しげに映るのは当然な気もした。
『妹だ』
だから出てきた嘘は、ひどい違和感を俺だけに残した。
*
「奈良坂先輩、大丈夫ですか」
「……は?」
ぺたっと日浦の手のひらが額に触れた。あたたかい感触がして、やっと俺は先週学校であった級友とのやりとりと、その時から感じていた違和感から現実に引き戻された気分だった。
「疲れてるんですか?」
「いや……」
上手い言葉が出てこない。そう。この目の前で心配そうに俺の額に触れて熱はないかと確認している日浦を「妹だ」と言ったときから始まった違和感は、だけれど本人を前にするとどうでもいいくらい綺麗さっぱり分からなくなった。
「日浦は妹ではないからな」
「え?」
呟いたそれはそのままずばりのことで、それで俺は妙に納得していた。
不思議そうに、驚いたように俺を見る日浦に、俺は笑って見せた。
「日浦は妹じゃなくて、大事な愛弟子で彼女だからな」
「あ、あの!?なんで急にそんなこと言うんですかぁ!」
ボーダー本部のラウンジに悲鳴のような日浦の声が響いた。顔が真っ赤で、本当に可愛いと思う。
そう。妹じゃない。確かにあれはその場を言い繕う嘘だったから、その違和感は降ってわいた。俺たちの関係はボーダーを一歩出れは上手い言葉で言い表せないくせに、本当はボーダーを出たそこで、何に縛られることもなくこの関係を言いふらしたいらしい自分がいるのがその違和感で分かった。
「幸せな悩みだよ」
「奈良坂先輩?」
ふと額に触れる彼女の手を取って言えば、日浦は不思議そうに首を傾げた。
「今日も早く終わったし、どこか寄っていくか?」
「どうしたんですか、奈良坂先輩今日ちょっと変ですよ」
そう言って彼女は心配そうに俺が捕まえた手に戯れのように指を絡めた。
子供の遊びのようなそれに俺の中のたくさんの幸せを、あたたかさをもたらす。
誰かには分からない関係。嘘のような―――