冷たい嘘

「周りはみんな嘘つきだったわ」

 その人は呟くように言った。

「だからあんたも嘘つきよ」

 そう言って、彼女は綺麗に笑った。壊れるくらい綺麗に笑って、そう言った。
 それが俺と彼女の出会いだった。





「とりまる!まただましたわね!!」
「引っかかる先輩が悪いんすよ」

 猫型近界民の侵攻という訳の分からない嘘につられて彼女が外に行っているうちに頂戴したどら焼きを食べながら言えば、先輩はご立腹の様子で俺の正面に座った。

「あたしの分は」
「どうぞ。今お茶淹れますね」

 そう言って皿にどら焼きを出し、ポットの方へ立ち上がれば「ただの猫だったわ!可愛かったけど!」と背中にそんな言葉を投げかけられた。
 どら焼きには緑茶がいいのだろうけれど、俺は片付けるのが面倒だな、というそんな真っ当じゃない理由でティーバッグの紅茶を淹れた。それを彼女に差し出してもう一度正面に座れば、彼女は嬉しそうに笑った。さっきまで俺に騙されていたのに、と思うとどうしようもないくらい嬉しくて、どうしようもないくらい苦しかった。

「先輩は、いつまで俺の嘘に騙されてくれるんですか」

 だから俺は、目の前でどら焼きを食べながら紅茶を飲む彼女に、ぽつねんと迷子のような言葉を落としていた。
 どんな嘘にも、どんな冗談にも、彼女は本当のことのように全て向かってきてしまう。俺はそんな彼女に甘えているのだ。

「……昔話をしてあげる」

 少しためらう色を見せてから、だけれど微笑んで先輩は言った。

「あのねえ、昔々の国の話よ。その国は訳の分かんない怪物に襲われて、国中が右往左往していたわ。そこに何人かのナイトが現れるの。お決まりよね。果敢に戦う騎士たちは「必ず帰る」とか、「生きて会おう」とかさんざんぱら嘘八百を並べ立てあって戦ったわ。そうね、騎士はみんな嘘つきだった。よしんば言葉が嘘にならかなった騎士も結局はいつか嘘をつくんだろうとその騎士の中の一人は思ったのね」

 語られた「昔話」に俺は一瞬息をするのを忘れた。嘆息のようなため息は、小南先輩からも俺からもこぼれて、だから先輩は困ったように笑った。

「そう、あたしはまさにその騎士だったわ。お姫様になりたかったわけじゃないけれど、私も結局嘘を聞いて、嘘を並べて、そうして生き残ってしまったの」

 それは一片の懺悔。それは一片の後悔。

「俺は、小南先輩が生きていてくれて、こうして俺の嘘に付き合ってくれて、嬉しいです」

 ああ自分で思っても薄っぺらい言葉だ。今の彼女に、こんな言葉が何の意味を成すだろう。彼女は俺の嘘を受け容れるんだ。嘘だから、受け容れるんだと知ってしまった。でもこれは嘘じゃない。嘘じゃないと叫びたかったのに、叫びは声にならなかった。そんな俺に、彼女はいつかのように綺麗に笑った。

「そうね、それがうそでもほんとでも、嬉しいわ」

 嘘じゃないんだ、と言いたかった。
 だけれど嘘じゃないんだと言えるのだろうか、と思う。
 彼女はどんな嘘も、どんな真実も信じることしか出来ない、とても強くて弱い騎士。

「周りはみんな、あたしだって嘘つきだったわ」

 彼女は笑って、そろそろ冷めかけた紅茶を飲んだ。

「だからとりまる、あんたも嘘つきよ」

 カップの中に残った紅茶を見つめる彼女の瞳が、ゆっくりと閉じた。