終わらない物語


「人を撃つのはまだ怖いか」
「ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃない」


 A級部隊の模擬戦の後で、そんな話に鳩原となった。ごめんなさいと謝罪した彼女の顔に浮かぶのは本当に、自分自身に困ったような、自分自身へと向けた苦笑だった。それは決して、作り笑いなんかじゃない。
 鳩原は人が撃てない。近界民は撃てる。だが、それが一たび模擬戦やランク戦になると、それがトリオン体だろうと彼女は撃てなくなる。これから先、侵攻や遠征で人型近界民と戦うことがあるかもしれないから、それはマイナスなのかもしれず、鳩原はそれを気にしているきらいがあった。

「お前がきっちり作った隙で、俺が仕留めるから何の問題もないしな」

 だが今は。今はまだ、いや、この先もずっと、何の問題もない。鳩原が正確な射撃で作った隙で、俺が確実に仕留めればいい。俺たちにはそれが出来る。

「お前がいれば、俺にはそんなこと造作もない」
「ありがとうございます」

 そう言った鳩原は、今度こそ苦しさも困惑も含まない、はにかむような微笑みを浮かべていた。

「そういう顔で、お前はいつも笑っていろ」
「え?」
「作り笑いなんか、俺の前ではするな」


 そう言ったら、彼女は嬉しそうに、それでいて恥ずかしそうに、笑った。

「はい」





 出水に名前を聞いて、彼女の戦いを一目見て、俺にはすぐにわかったことが二つある。
 雨取千佳は、雨取麟児の血縁者だ。
 そうして彼女は、人が撃てない。

「鳩原と同じだな」
「なんか言いました?」

 ぽつりとつぶやいた声に出水が振り返る。それにぞんざいに手を振って何でもないと示すと、出水は気にするでもなくまたB級ランク戦を映し出すモニターを見遣った。





 玉狛支部で三雲と雨取に一頻り尋問じみたことをした。彼らが雨取麟児を探しているように、俺も鳩原を探している。探しているし、彼女が主犯だという汚名を晴らさなくてはならない。あの馬鹿に、そんなことできるはずがない。
 そう思っていた時だった。

「鳩原さんにも何か目的があって……」

 三雲に言われた瞬間、俺の脳内は沸騰しそうになった。それをいつものポーカーフェイスで押し殺す。


 鳩原に目的?
 鳩原の裏切りの理由?
 鳩原がボーダーを、二宮隊を裏切ったほどの目的?
 いや、違う。
 鳩原が俺を裏切った目的?


 そんなもの、存在するはずない。
 そんなもの、存在していいわけない。


 俺は、鳩原未来という女性に裏切られたことが許せず、そうして、彼女に裏切られたのがどうしようもなく怖い。その俺の不甲斐なさを、惨めさを、押し殺す。
 押し殺して、三雲の言葉をまともに聞きもせずに立ち上がっていた。





 お前が笑っていれば、俺はきっとそれで良かった。
 だけれど、だけれど。
 お前は俺が良くったって、きっとなにもかにも足りなかった。
 俺の利己が、彼女を追い詰めたのではないかと、彼女に道を踏み外させたのではないかと、彼女の心の隙を衝く瞬間を与えてしまったのではないかと、もうずっと考えてきた。

 俺のエゴが、きっと彼女を追い詰めた。
 だけれど、俺は―――

「お前が向けてくれた笑顔を、作り笑いじゃない笑顔を、忘れられないんだ」

 その無様な言葉を肯定して、そうして笑ってくれる彼女は、どこにもいない。
 終わらない空白が、しんしんと降り積もった。


終わらない日々




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2015/9/11