Just away
「まーまーかな」
そう言った米屋の手の中で彼が好む弧月のオプションが解けて、それが通常の弧月に戻るのを、木虎はぼんやりと見ていた。
「木虎、どっか寄ってこうぜ。オレまだ飯食ってねえや。送るから。嵐山隊も今日はこのあと任務ねえだろ」
「ああ、はい」
応じた彼女に米屋は仮想戦闘体を解く。彼を見て、木虎も慌てたようにそれに倣った。
彼女が訓練室を出れば、もう米屋はその扉に背を向けていた。それからちらりと木虎を振り返る。
「どうせ、嵐山さんたちに言いたくないことなんだろ」
「そういう訳じゃないわ」
見透かすような真っ黒い視線に、木虎は本当のことを言う。
言えないわけじゃない。言いたくないわけでもない。
ただ、言う勇気がないだけ。
(じゃあなんでこの人には言おうとしてるの)
「理不尽ね」
「唐突に模擬戦十本勝負吹っかけてきた優等生サマのセリフじゃねえな!」
怒った時に言うような言葉のはずなのに、米屋は大笑いしながら歩を進める。
「ラーメン屋でいい?」
「いいですよ」
「おー、じゃああれだな。辛味噌あるとこ行くかね」
彼の言葉が白い吐息になって冬空に紛れた。
*
「ていうか女子連れてラーメン屋ってチョイスあれだったか?栞ちゃん好きなんだよね、ラーメン」
「別に大丈夫ですよ」
「あー、ならいいけど」
そう言いながらラーメンに箸をつけた彼が選んだ店は、だけれどその言葉に比してかなり考えられていた。多分、彼が普段従姉と行くのはもっと大衆的な店だろう。少なくともこんなふうに仕切った座敷のあるチェーン店ではなく、カウンターとかの店、と木虎はぼんやり思う。客層の年齢も、彼女が考えていたところよりいくらか高い。嵐山たちとファミレスやコーヒーショップに行けば必ず一度はある好奇の視線も、控えめに向けられる携帯のカメラもここにはなかった。
気を遣われたんだ、と思ったら、それがどうしてか辛かった。
それが多分、自分の中で見えない答えになっているのだろうと知っていたのだけれど。
「そういやさ、模擬戦してから言うのも何なんだけどお前もう大丈夫なの?」
「何がです?」
「体。あのあと問題ないのか?」
「大丈夫ですよ。諏訪さんなんて元に戻ってすぐに働かされたって聞きましたけど」
「あー、なんかそうらしいね。本部もすごかったらしいね」
そう応じたあと、ずるずると麺を啜ってから米屋は正面の木虎を見遣る。
「で」
「……」
押し黙ってしまった少女に、なんと言うべきか考えながら米屋は困ったようにうーんとうなった。
「オレあんまこういう方面の頭良くないんだよね。知ってるだろ。言わないと分かんないぜ」
「そんなことないじゃない」
「なにそれ逆説的に馬鹿にしてる感じ?ひどくない?」
先輩泣いちゃうよー、とふざけたように言った彼に、木虎はやっぱりそんなことない、と思う。例えばここで、何も待たずに慰められたり、何も言わずに気を遣われるよりも、彼のような形で待ってくれる方がずっといい、と思ったからだった。それが自分のわがままだと知っているから、余計にそうだった。
「何のために戦ってるのか、考えてしまって」
「ほう」
「私、キューブ化したでしょう?」
「まあな」
「でも、学校ではやっぱりヒーローみたいに言われて、そんなこと言われたって私、何もしてない。何もしてないしヒーローなんかじゃない。侵攻が終わってからも怖くて仕方なかった。それしかなかった!」
「何もしてないってことはないだろ」
それに米屋はきっぱり言った。
「お前があそこで交戦しなきゃ、多分あの辺にいたC級全員捕まってたぜ。メガネくん一人じゃいろいろと無理があった。C級が狙いだってのを証明できたのもでかい。オレらはそれ前提で交戦してたからな」
「でも…!」
「あと」
言い差した木虎の言葉を遮って米屋は言う。黒い瞳が彼女を射貫いた。
「怖くないと思っちまったら、ボーダーなんぞそこで辞めちまった方がいい」
「……え?」
「戦いが怖くねえ奴なんているわけないだろ」
透徹しきった瞳が彼女を見る。
「死ぬのが怖くないなんて言うやつに懸けられる命なんてたかが知れてる」
諭すように、それでいてどうでもいいことのように言って、米屋はその鋭い視線を木虎から外した。
「食えー。伸びるぞー。あとあんまり遅くまで連れ回すと多分オレ、明日嵐山さんにボコられるからね。あの人過保護だからね。前に小南からかったら殺されそうになったからね」
そう言われたら、何故か涙があふれた。
目の前でラーメンを食べることに熱中しだした米屋のそれは、見ていない、と暗に言われているのだと気が付けないほどがさつな気の遣い方で、かえって彼女にとってはありがたくて、余計に涙が止まらなくなった。
自分が泣いている理由が分からないと思った。恐怖だろうか、安堵だろうか。
そのどちらも、含まれているような気が木虎にはした。
「辛すぎるの、ここのラーメン」
「オイコラ、文句つけんな。辛いの好きだったろうが」
泣くほど辛いラーメンなんて、滅多に食べられないと思いながら―――
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センチメンタル木虎ちゃんと頭のいい米屋の話。
2015/01/26