「こ」
「コーヒーでいいですか」
「ああ」
「はい、どうぞ。あ、今日お昼どうします?」
「て」
「店屋物なら今日は丼物がいいかも。昨日ラーメンだし」
「任せる」
「らじゃー」


 ほとんど言葉を発さずにコーヒーを受け取って資料整理に戻った自隊の隊長風間と、情報整理の合間で出前の店を決めようと電話番号を出している自隊のオペレーター宇佐美に、菊地原は本気で頭を抱えた。


関白宣言


「今日は店屋物だよー!今日‘も’だけどね!このところ忙しくてごめんねー!」

 先ほどの宣言通り丼物の店屋物が並ぶテーブルについて、菊地原は本気で様々な疑問というか、ここ最近感じる違和感というかなんというかに悩まされていた。

「いやーA級上がってから外に食べ行く時間もなかなか取れないね」

 コポコポと四人分の緑茶を準備する宇佐美に歌川が声をかける。

「すみません、俺訓練室にいて気づかなくて」
「いいのいいの。風間さんが『今日は店屋物がいいな』って言ったんだし」

 言ってねえよチクショウと思ったけれど口に出さないだけ菊地原はまだ理性を保っているのかもしれなかった。

「お弁当もいいんだけどね。みんなけっこう忙しいし、今日みたいな学校休みの日まで家族にも負担掛けられないから」

 気遣うように言って苦笑した宇佐美に、我が意を得たりという風情で緑茶をすすっている風間を見て、菊地原は限界を感じて丼ののった机に頭を打ち付けていた。

「どうした菊地原」

 店屋物は不満か、と的外れはなはだしいことを聞いて小首を傾げた風間に、菊地原は真っ向から言うことに決めた。この人多分今婉曲表現とか通じない、と思った。

「風間さん、そのうち宇佐美先輩に捨てられますよ」

 その一言に、カラン、と風間のマイ箸が音を立てて床に散らばる。エコだな、と歌川は現実逃避気味に考えた。

「あれ、ちょっと待ってね。割り箸あったかなあ」

 その光景にそそくさと立ち上がった宇佐美に、風間がフリーズしているのをいいことに菊地原は追撃を掛ける。

「宇佐美先輩は捨てたくならないんですか、この」

 亭主関白野郎、と続けようとしたところで、それは宇佐美の言葉に遮られた。

「ああ、これね。風間さんが処理終わった書類捨てたいんだけど、たまに機密混じってるからうかうか捨てらんないんだよねー。おっと、割り箸発見!どうぞ」
「ああ」

 割り箸を受け取った風間はまた我が意を得たりという顔をしていて、菊地原は味のしない味濃い目の天丼と30分向き合うことになった。





「前から思ってたんだけど、風間さんって何なんだろうな」
「俺に聞くなよ」

 風間は現在上層部に呼び出されており、ついでに宇佐美はマッドな研究にのめりこんでいるため、菊地原と歌川は遠慮なく午後の休憩というかもはや自由時間を使っていた。

「チーム入ったころから思ってたけど、風間さんって宇佐美先輩をほとんど指示出さずに動かすっていう世の中の流れに逆行した特技を持ってるよ」

 前時代的な、と続けた菊地原に歌川は頭を抱えたい気分だった。

「仕方ないだろ、宇佐美先輩有能過ぎて一から十を取り出すくらい楽勝だから、風間さんとある意味で相性いいんだよ」

 使わなくていいところまで情報処理の能力使ってる気はするけど、と続けた歌川に菊地原は本気で顔をしかめた。

「宇佐美先輩世話焼きっていうか、なんていうかそういうのもあるし」
「いや、あれは世話焼きの域超えてるでしょ。私設秘書じゃあるまいし」
「うん、ていうか秘書でもあそこまで理解してくれないと思うぞ」

 諦めろ、と歌川に言われたところで菊地原はちょっと首をかしげた。

「でもあれ、風間さんの反応が微妙だった気がするんだけど」
「ああ、さっきのお前の爆弾発言な」
「捨てられたら困るという意識はあるのか?というかそもそもにして二人はそういう関係なのか?」
「捨てる捨てないが男女の仲でって意味なら、少なくとも宇佐美先輩は違うと思うけど」

 あれはただ単に甘やかしてるだけに見える、と続けた歌川に菊地原は顎に指を宛てて考える。

「風間さんはロリコンなのか」
「違うから!!!」





 諦めろ、と歌川に言われたあと、ぼんやりと戻ってきた二人を眺めていればまた同じような光景が繰り広げられており、菊地原はげんなりと息をついた。

「宇佐美、」
「あ、はいこれ、こないだ風間さんが言ってた陣形変更案ですよ」
「悪い」
「いえいえー、あ、これに伴う実戦型の訓練なんですけど、来週から、」
「……宇佐美」
「はい、なんですか」

 ピタッと止まった宇佐美に、菊地原は驚いて顔を上げた。
 風間が言うことを先回りしてしゃべっているところしか見たことがなかったから、自分の話や言葉を切ってまで彼の言葉を待つのは非常に珍しく思えたのだった。

「陣形整理助かった。訓練計画は俺が立てるからそこまでやらなくていい。ただし、陣形が変わることを含めて今回の実戦訓練はお前にも訓練の整理業務だけでなく、実際に動く場合を想定したオペレーションを行ってもらう」
「了解」
「お前の担当する情報処理についてだが、多少形式が異なる。ここまでの経緯の理解は」

 ほとんど尋問か何かに近い形の質問に、敬礼こそしないが宇佐美はよどみなく答えた。

「把握しています。今回の陣形追加は戦闘形式のランダム化によって戦闘パターン解読による戦闘被害の軽減を主目的としています」
「よし。では、今までと情報処理の形式が異なる場合、今後の対応は」
「異なる形式を複数保持します。情報処理は最大限、風間さん、及び隊員の要求によりランダムな形式から選択されます。しかし、こちらの処理速度と隊員の処理にラグが生じた場合に限り、元の形式を適用」

 それに風間は数秒目をつぶる。それから軽くうなずいた。その顔がいつも通りの顔だったから、菊地原はほとんどのことを察知した。

「宇佐美の本件における理解度を把握した。問題ない。処理はお前の判断に任せる」
「いえっさー!」

 最後の最後にふざけて言った彼女は、先ほど途切れた訓練についての説明を始めた。もちろん、先ほど風間が制した訓練そのものの中身のことではなく、訓練室の予約や時間をどのくらいおさえらえるかという話だった。





「けっこう不満なんだよね。玉狛って宇佐美先輩使い切れてるのかな」
「お前まだ言ってるのか」
「風間さんが完全にオペレーターとして叩き上げたのにさ、それ引っこ抜いてもどうしようもないって」

 ぐちぐち言っている彼が、姉を取られたような気分でいっぱいなのは分かるが、と思いながら歌川はラウンジの一角に目を留めた。
 本部にたまたま立ち寄った宇佐美を、風間が例のごとく一言に満たない量の言葉で呼び止めて、何事か話している。
 風間に必要な先回りはする。隊に必要な先回りもする。だが、一定ラインを超えたり、風間の判断を最も優先する事案の時には、彼女は確実に命令を待つ。亭主関白と思ったそれは、組織の人間として当時まだ中学生の宇佐美に風間が叩き込んだものだった。
 それが分かってからの玉狛への転属で菊地原は姉を取られたのに加えて要はダブルアタックだった。

「いいんじゃないのか。どこに出しても恥ずかしくない的な。俺たちが言うセリフじゃないけど」
「だけどさー」

 ぐちぐち言う彼らに気付いていないのか、二人の談笑はまだ続いていた。





「玉狛は」
「新しいこといろいろできるし、みんないい人ですよ」
「そうか」

 互いに話しながら、互いにラウンジの自販機に向かう。こういうところにある隣り合わせの自販機は、得てしてメーカーが違ったりするものだ。
 ガコン、とほとんど同時に、メーカーの全く違う自販機から、風間はブラック糖分皆無、宇佐美はカフェオレ糖分微増と書かれた非常に妙なパッケージの缶を取り出した。

「はい」
「ほら」

 全く逆のその誰も買わないような缶コーヒーを互いに差し出す。
 互いにそれを受け取って、二人は小さく笑った。




2014/10/15 ブログ掲載

2014/11