ミーティングルームに入ったら、ジャラジャラジャラジャラと音がして、アタシはすぐに諏訪さんが麻雀をやっているんだ、と気が付いた。
清一色
「一人でやってるの」
「おー、おサノはえーな。学校は?」
「オペレーターだけの仕事今日あってさ。こないだの大規模侵攻の整理しなきゃいけないんだって。だからアタシだけ公欠。諏訪さんは?」
「午前全コマ空いてっから来てた」
やることもないのに基地に来るほど、この人は真面目な人だったろうか、と思ってそれから、こんなとこで麻雀やってるんだからそんなわけないな、と思い直す。
でも、それからアタシはそのおかしさに気が付いた。諏訪さんは一人なのだ。一人で麻雀牌を混ぜている。洗牌の音がジャラジャラとさっきまで諏訪さんが一人しかいなかったこの部屋にはまだ鳴っていた。
「ていうか一人じゃできないっしょ。まだ時間あるし相手しようか?三人ならギリできるし本部で暇そうな誰か呼んでくる?」
そう言って向かいに座ったら、諏訪さんはちょっとだけ目を上げてアタシを見た。だけれど牌を混ぜる手は止まらない。
「駄目だ」
「え?」
アタシはその言葉に戸惑う。「別にいい」とかそういう言葉なら分かるのに、駄目ってどういうことだろう。ジャラジャラと彼は相変わらず牌を混ぜ続けている。
「小佐野はやるな」
愛称みたいな呼び方ではなく呼ばれたんだ、となぜかアタシは直感した。小佐野だろうとおサノだろうと発音は変わらないんだけれど。
「洗牌の音ってさ」
アタシが「なんで」とかそういうことを言う前に、雀卓に目を落として牌を混ぜ合わせながら彼は言った。
「海の向こうの、どっか、どっかほんとちょっとの地域らしいけど、縁起のいい音なんだと。縁起がいいってか、死んだ奴のための弔いの音なんだとよ」
アタシはそれになんと返していいのか分からなかった。
諏訪さんは、アタシの知らないことをたくさん知っている。
アタシに麻雀を教えてくれたのも諏訪さんだったし、アタシが吸ったことのないタバコの匂いをさせているし、アタシの飲んだことのないお酒の味も知っている。
「大学で習ったの?民俗学って言うんだっけ?」
「んー、忘れちまったな。大学かも知んねーし、雀荘のおっさんに聞いたのかもな」
ジャラジャラジャラジャラと音は鳴り続ける。
「なんでアタシは駄目なの」
何となく、答えは分かっているような気もしたのだけれど、アタシは言った。
「小佐野はやらなくていいんだよ」
ふと、寂しげに笑いながら諏訪さんは言った。
「仲間、死んだなあ」
「そう、だね」
ジャラジャラジャラジャラと音が鳴る。
死者を弔う音が鳴る。
「お前は背負うな」
ジャラジャラジャラジャラ
「背負うことない」
「諏訪さん、アタシ」
「悼んでくれ。泣いてくれ。だけど、背負うな」
ジャラジャラジャラジャラ
「それはこの隊じゃオレの役目だ」
音がぴたりと止まって、諏訪さんは牌をきれいに並べ始める。
アタシは、その言葉になんと返していいのか分からなかった。
気を遣ってくれているとか、そういうことじゃない。そんなに軽いことじゃない。この人はいつも、アタシたちを守ろうとしてくれる。近界民からだけじゃない。たくさんの事から、アタシたちを守ろうとしてくれる。たくさんのことを背負ってくれる。
ごめんね、と言おうとして、それは違うと思った。
「ありがと、諏訪さん」
だから、口から出てきたのは感謝の言葉だった。視界が少しだけ滲んだ。
彼が、背負うなと言ってくれて、だけれど悼んでくれと言ってくれて、たくさんの悲しみがやっと押し寄せる。アタシたちは、必死に戦ったのだから。
だからアタシは、彼の言う通り、きっと死んでしまった仲間たちを悼み、連れ去られてしまった仲間たちを助けようと思うことが出来た。
カタッと彼がたった一人の雀卓に揃えた牌を倒した。
「お、あがりだな」
「どんだけツイてんの?今年の運使い果たしたんじゃない?イカサマ?」
嫌味を言ったら鼻で笑われた。そうしてそれから彼はふと部屋の天井を見上げて言う。
「天国なんぞあるか知らんが、上もこんぐらい晴れてりゃいいな」
揃った役は、清一色だった。
2014/12/25