朝一番に、陽介からメールが着ていた。誕生日祝いのメールだ。叔母さんがプレゼントにワンピースを買ったから休みになったら取りに来いとも書いてあった。

『今年もオレが一番か?(笑)』

 最後に書かれた一文は、毎年のことだ。陽介はいつも朝一に誕生日のメールをくれる。大事な従兄弟のそれがこそばゆい。
 だけれど、今年のメール一番は陽介じゃなかった。それが、陽介からのメールに書かれた最後の一文を余計こそばゆくさせた。





 陽介からのメールを読んでからベッドから起き出せば、実家では両親と妹からおめでとうと誕生日を祝ってもらった。だけれど、あいにくなことに今日は昼から玉狛第一の防衛任務があって、準備もあるからすぐに基地に行かなければならなかった。当然学校も公欠だ。

「しおりー!おめでとう!!」

 そんなこんなで玉狛の基地に着くなり、こなみが玄関を飛び出して抱き付いてきた。

「わっ!どうしたのこなみ!」
「どうしたのって、しおり今日誕生日じゃない!」
「あ、そっか!ありがとう!」

 こなみのそれに嬉しくなって言ったところで、アタシはちょっとだけ首を傾げる。こんなことしてる暇あるのかな、という疑問だ。確かに今日はアタシの誕生日だけど、小南はなんの準備もしていないように見える。そろそろ準備しておかなきゃならない時間だと思うのだけれど。

「こなみ、準備しないと昼からの任務に間に合わないよ?」

 きょとん、とアタシが言ったら、こなみはふふふと悪女のように笑った。笑ってそれから私を抱き締めてそのまま基地の中に引きずり込んでしまう。

「ちょっとちょっと!?」

 足をばたつかせてパンプスを放る。土足で中になんて入れっこない。というかどういうこどなの?と混乱しているうちに、アタシはこなみに抱き締められたままリビングのドアの前まで来ていた。

「ねえ、こなみ?」
「しおり来たわよー!」

 アタシが不安げに振り返った瞬間、彼女はリビングに続くドアを開ける。

「へ?」

 そうしたら、パンッと破裂音がそこかしこからして、それからカラフルな紙が舞った。





「びっくりしたあ」

 アタシが言ったら、申し訳なさそうなんだけれどとても楽しくて嬉しそうな玉狛のみんながそこにはいた。

「サプライズパーティーってやつですよ」

 とりまるくんがニヤッと笑って言った。

「今日の防衛任務は嘘だ」

 レイジさんがフッと笑って言う。

「あ、宇佐美安心しなね。親御さんにはボスが話しといてくれたから。『思いっきり驚かせてやってください!』って妹さん言ってたらしいよ」

 迅さんがいつも通りに笑いながら言った。

「宇佐美先輩、おめでとうございます!」
「しおりちゃんおめでとう」
「栞さん、あの、びっくりさせちゃったけど、おめでとうございます」

 修くん、遊真くん、千佳ちゃんも順番に言ってくれる。

「みんな、ありがとう」

 嬉しくって仕方なくて、泣き出しそうになりながら言ったら、後ろからこなみが抱き付いてきた。

「おめでとうって玉狛で一番に言ったのはあたしだからね!」
「まあまあ小南。昼にはちょっと早いけど、冷めないうちに食べようぜ。レイジさん特製誕生日特製ランチ!」
「あ、ぼく皆さんを呼んできますね」

 修くんがそう言って、ボスやエンジニアのみんなを呼んできてくれて、アタシのためのサプライズパーティーが始まった。





「みんなほんとにありがとうね」

 食後のデザートまで食べて、パーティーが終わったのはもう3時過ぎだった。時間を確認したスマホには歌歩ちゃんときくっちーとうってぃーからのメールも届いている。あとでちゃんと返信しなきゃ、と思ったところで、にやにやと悪巧みをした時のような迅さんが笑ってこちらを見た。

「宇佐美くん」
「え、なに迅さん?変だよ?」

 食器を片付けにレイジさんととりまるくん、ちびっこ組がキッチンに向かう。こなみは先日レンジを爆発させかけて現在キッチン出入り禁止令が出されているのだった。

「今からここにとあるA級隊員が来ます」
「へ?」
「宇佐美がそのA級隊員に拉致られるっておれのサイドエフェクトがそう言ってるんだけど」

 にやっと迅さんは笑っていつの間に取り出したのか、手元の端末をぽちりと操作する。基地の玄関のロックを外す端末だった。そうしたら「邪魔するぞ」と玄関の方から落ち着いた声がした。





 迅さんが言っていた「とあるA級隊員」というのは風間さんだった。アタシたちは今、風間さんの車でドライブをしている。

「ふふふ」
「どうした」

 風間さんが車を止めたのは、街の明かりが一望できる小高い丘の公園だった。
 お昼をたくさん、ゆっくり食べたから、もう夜なのだけれど、お腹は空いていない。

「風間さんも迅さんと謀ったんですね」
「謀ったとはまた失礼だな」

 芝生に座る私の隣に立った風間さんが可笑しそうに笑った。

「ただまあ、今日はお前が防衛任務だから公欠で学校じゃおめでとうと言えないといじけていた歌川と菊地原には謝っておけよ。ちなみに三上は俺と迅の共謀犯だから安心しろ」
「みんな優しいなあ」

 そう言ってから、アタシは今朝の出来事を思い出す。今年の「おめでとう」一番は、人生で初めて家族じゃなかった。0時ちょうどに届いた風間さんからのメールがそうだった。人生で初めて出来た恋人は、人生で初めてのその体験をくれた。

「あのな」
「はい?」
「このあとうちに泊まれるか?」

 アタシはその言葉に思い切り顔が赤くなるのを感じた。

「えっと」
「無理ならいい」
「いや、だ、大丈夫です」

 今日は防衛任務のあと基地に泊まりなの、と家族には言ってあった。それにしたってそもそもボスがサプライズだと母さんたちに言っていたのだから、外泊も織り込み済みなのかも知れない。アタシが風間さんと付き合っているのは家族になぜか歓迎されている。文なんて風間さんに懐きまくりだ。
 そう思ったら、恐ろしいくらいの羞恥に駆られた。そんなアタシの手を風間さんが取って立たせる。

「じゃあ、行くか」





 途中、ファミレスで軽くサラダなんかを食べて(やっぱりお腹いっぱいだったのだ)、風間さんの部屋に着いたら、彼は冷蔵庫から何かの箱を出してリビングに持ってくる。

「木崎に、ケーキは出すなと頼んだ」

 そう言って開けられた箱の中身は、カラフルな誕生日ケーキだった。号数は二人で食べるためにかずいぶん小さく可愛らしい。これなら二人で十分食べきれそうだった。

「誕生日ケーキくらい用意させろと頼んでおいた。既製品で悪いが」
「そんなことないよ!すごく嬉しいです」
「よかった」

 そう言って風間さんはそのケーキにろうそくを刺して火をともしてくれる。彼にはまるで似合わないことのそれが、どうしてかとても嬉しくて楽しかった。
 パチッと電気の紐引っ張って消すと、風間さんはろうそくの灯りの中で笑った。

「ほら」
「はあい!」

 促されて、アタシは思いっきりそのろうそくの火に息を吹きかける。
 それが消えたら、煙の中で風間さんが言った。

「改めて誕生日、おめでとう」

 カーテンの隙間から入り込む街灯の明かりがうっすらとアタシたちの表情を示す。

「ありがとうございます」

 その暗がりで、アタシたちは小さなキスをした。





 ケーキを食べ終わるなり、ベッドに放り込まれた。

「ちょ、シャワー!シャワーだけでも浴びたい!」
「却下だ。その気の恋人を前に無粋なことを言うな」

 ブラウスのボタンをぷちりと外して、風間さんは胸元に手を差し入れてきた。

「ひゃっ」

 ブラの隙間からひんやりした風間さんの手が胸に触れる。
 アタシの反応に楽しげに笑うと、風間さんは今度こそさっきとは全然違う、深いキスをしてくれた。舌が入り込んできて、呼吸を奪われる。

「ふっあ」
「甘いな」

 口を離すと、べろりと舌なめずりをして風間さんが言う。その動作すら扇情的だ。

「かざま、さん」

 酸欠でくらくらしているアタシに笑い掛けて、それから彼はぷちりとブラを外してしまう。直接触れられて、アタシは羞恥でどうにかなりそうだった。この行為は、いつまで経っても慣れるということがない。

「あっ、ううんっ」
「お前は本当に胸が弱いな」
「言わない、で、くださいっ」

 ベッドの風間さんはいつもサディストだと思う。アタシが恥ずかしがるのを楽しんでいるんじゃないかって思ってしまうほどだ。
 一頻り胸をいじると、彼の手がショーツに伸びる。

「濡れてる」
「だから、言わないでって…ひゃうっ!」

 直截に言ってそれから軽くなでられた敏感な部分に、アタシはあられもない声を上げる。
 その反応に満足したように、彼は一気にショーツを脱がすと指を差し入れた。一瞬異物感に息を詰めるが、それはすぐに消えた。

「んっ」
「唇、噛むなよ」

 もう片方の手でアタシの唇をやわやわと撫でる。ただでさえ下腹部の熱が収まらないのに、その手つきにさえくらくらしてしまう。

「やっ…んっ」
「どうした?」

 意地悪な笑みで問い掛けてきた彼は、余裕の表情で中に埋めた指を動かす。

「あうっ、やだあっ」
「そうか」
「……え?」

 その瞬間、彼の指の動きが止まる。突然止められた動きにアタシの脳は疑問符とぐるぐるに駆け巡る熱でいっぱいいっぱいになってしまった。

「嫌なんだろう?宇佐美の嫌がることはしたくない」
「ちがっ!」

 アタシの言葉の揚げ足を取って動きを止めた風間さんのせいで、持て余した熱がどんどん高まってしまう。

「違うのか?」

 意地悪く笑って、彼は僅かに指を動かす。全然足りないそれはかえってもどかしい。

「んっ」
「じゃあ、どうなんだ?」
「えっ?」
「嫌じゃないならどうなんだ?言わないと俺は分からないぞ」
「かざま、しゃん、もっあっ」

 彼はやはり本当に少しだけ指を揺らして笑った。そうして耳元に唇を寄せて囁いた。

「正直に気持ちいいと言ってみろ」

 そうしたら続けてやる、と言って耳朶を噛んだ彼に、アタシの理性は溶けきってしまう。

「きもち、いいか、ら、もっとして?」
「よく出来ました」

 夜はまだ長い。





「風間さんのいじわる!エッチ!」
「可愛いお前が悪い」

 シャワーを浴びてシーツにくるまるアタシの額に口付けて、臆面もなくアタシの彼氏様は言った。

「機嫌直せ」
「もう!」

 そう言って、彼はシーツにくるまるアタシにパステルカラーの不織布でラッピングされた包みを渡してくれた。

「プレゼント、まだ渡してなかった」
「わ、ありがとうございます!」

 どんなにいじわるされたって、機嫌なんてすぐ直る。これをもらったからっていうのもあるし、そもそも風間さんが大好きだから。それに風間さんも笑ってくれた。

「開けていい?」
「ああ」

 了承を得てから、リボンに手をかけて慎重に包みを開く。

「わあっ!これ、覚えててくれたんですか!」

 中から出てきたのはふわふわのブランケットだ。それも、この前二人で出かけた時に雑貨屋さんで見つけたもの。

『欲しいのか?』
『うーん、今月お小遣いピンチだから見送りです。あーあ。来月5月だから夏物ばっかりで残ってないだろうなあ』

 春先に見つけたブランケットは、初夏になったらきっともう売っていないだろうものだった。そのアタシの言葉を覚えていてくれたんだ、と思ったらどうしようもないほど嬉しかった。

「オペレーターは座り仕事だし、これから夏になれば冷房も入るからな。夏でも体を冷やすのはよくない」

 覚えていてくれたんですか、という言葉が照れくさかったらしい。風間さんはちょっとだけ視線をそらしてそう言った。そのしぐさだって嬉しくて仕方がない。

「風間さん、ありがとうございます」
「ああ」

 笑って応えてくれた風間さんに、アタシは嬉しくなって抱き付いた。

「あのね、人生で初めて恋人と過ごす誕生日の夜って、なんだかすごく特別なんです」
「俺もだ」


特別な日




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栞ちゃんハピバ!

2015/04/27