十三番隊の隊首室は、静かだった。雨乾堂、と言っていただろうか。風流な名前だと思う。

 十三番隊の隊長が呼んでいると花太郎に言われて、四番隊を後にしたのが少し前。執務室に行ったが、そこに俺を呼んでいるという隊長はいなかった。

「隊長なら雨乾堂にいるわよ」

 気さくそうな女性が案内してくれたのは、離れの建物だった。その途中で、そこが隊首室だと聞いた。大きな池と、並べられた盆栽を横目に見ながら縁側を歩く。

「隊長はね、お身体が弱くて。執務室よりこっちにいるときの方が多いの」
「はあ…」
「隊長!旅禍…じゃなくて、黒崎さんをお連れしましたよ」

 障子の向こうに声をかけると、中から「ああ」と柔らかい声がした。

「ありがとう、清音。通してくれ。ちょうどいい、お茶を淹れてきてくれないか?」
「分かりました!じゃ、ちょっと行ってきますね!」

 威勢よく言って、彼女は駆け出してしまう。
 閉じられた障子のまま、どうしようか逡巡していると「今日は天気がいいからなあ」とのんきな声がして、中の気配が近づいてくる。

「縁側でお茶としようか、黒崎一護くん」

 そう言うのと同時に障子が開いて、姿を現したその部屋の主はにっこりと笑った。

「あ…あの…!」

 俺の驚嘆を笑顔で見やったその人は、縁側に正座して、俺にも座るように促す。驚いたことには違いないが、逆らう理由もなくて、俺は案外素直にその人の前に座った。

「はじめまして、って言うのも、なんだか決まりが悪いなあ。初めて会った訳じゃないしね。うん、でも、一応、『はじめまして』かな。朽木の上司の、浮竹です」

 俺はこの人に二回ほど会っている。一度目は白哉と対峙した時、そして二度目は―

「はじめ…まして?」
「そうだよなあ。でも、話すのは初めてだから、はじめましてってことで勘弁してくれ。あ、一護くんは甘いものは嫌いだったかな?」
「い、いえ」
「そうか。いいおはぎがあるんだ」

 そう笑って、その人は開いている障子の向こうに少し行儀悪く手を伸ばした。取り出した箱を開けると、形のいいおはぎが納まっていて、俺は言いたかったいくつもの言葉を躊躇う。

「ああ、皿がないな。おーい、清音!」
「皿ならお持ちしましたよ」

 タイミング良く、先ほど茶を淹れると言って駆けていった女性が、お盆を携えてこちらにやってきた。

「おっ、気がきくな。ありがとう」
「他には何かありませんか?」
「いや、大丈夫だ。今日は調子もいいし、下がっていてくれ」
「分かりました!」

 これまた威勢よく返事をして、彼女は元来た道を颯爽と駆けていく。

「普段は、もっとにぎやかなんだ」

 くすりと笑って、彼女が持ってきた皿におはぎを乗せ、受け取ったお盆から茶碗を置いてくれる。
 何から話せばいいのか分からなくて、口の中を湿らせるように含んだそれは、ずいぶん甘かった。

「ありがとう、朽木を救ってくれて」

 唐突に降ってきたその言葉に、ほとんど反射的に顔を上げる。そして、それから俺は俯いた。

「ルキアを救ったのは、あなただ」

 地位も、名誉も、何もかもをかなぐり捨てて、ルキアを救ったのは、この人だと思う。
 そうして、この隊首室で思う。実際に、自分に何ができただろう、と。
 二度目にこの人に会った時、この人はルキアを処刑せんとする双極を破壊した。白哉の例を見れば、一人の隊長として、或いは死神として、それは赦されざる行為だったのだろうと思う。実際に、諮られたこととは言え、ルキアは大罪人だった。大罪人の刑の執行を妨げるということは、それだけで罪に当たるだろうし、それが、相応の地位に在る者の行いとなれば、それは多分、俺が考えることよりもずっと重い。

「いや…やっぱり、朽木を救ったのは君だよ」

 遠くを見つめるような目で、それでもその視線は俺を射抜いた。

「救うというのはね、何かを壊したとか、どこかから連れ出したとか、それだけじゃあ駄目だって、知っているつもりだった」

 そう言って、微笑んだこの人が、言わんとしていることが、俺にはよく分からなかった。




※双キョクのキョクは「歹」に「極」の右側。環境依存文字のため本文では「双極」と表記しています。(以下同)