二幕 草鹿やちる
剣ちゃんは、誰にも負けない。負けるとすれば、それは唯一人だった。
あたしの名前の持ち主以外に、彼を倒すことのできる存在などこの世にないのだと、少なくともあたしは信じていた。
信じる。それは妄信に近い。
やちる、と彼が私の名を呼ぶ度、その慈しむような、畏れるような、歓喜するような響きが空間に満ちる。
「やちる」
渇望するような声で、彼は呟くように‘あたし’を呼んだ。
「なあに」
あたしは少しも迷わずに応えた。
あたしには、彼の渇きを癒すことは出来ない。
あたしには、彼のその行く末を見届けることしか出来ない。
その行く末を決めるのは、彼であり、彼女だった。
あたしの名前が、木霊する様に空間に満ちる。
やちる。
八千流。
全ての技を究めた唯一人の女性。
全ての業を窮めた唯一人の死神。
あたしはその名を彼によって与えられた。彼の理想の死神の名として。
眼帯を握り込んでも、彼の声はしない。
唯一人のあの人が、彼を奪うだろうか。
それとも、唯一人のあの人を、彼が奪うだろうか。
「更木の剣八」
あたしは小さく呟いた。更木の剣八の名を戴く男の両の目が、あたしの中で鋭く光った。
→