倦んでいた。
 俺は明陀に倦んでいた。
 多分それは蝮も一緒だったと思う。だけれど互いにそれを言うことを避けてきたような気がする。
 矛兄が死んだときに、俺たちの明陀に対するその感情は現れた。
 どうして訳の分からない魔物と戦って、死ななければならないのか。
 どうして、どうして、どうして。
 学校の隣の机の何某は、パイロットになると言っていた。ああ、そんな夢を持つことすら、俺たちは許されない。
 明陀のために、世界のために、他人のために、命を懸けて、命を捨てて、生きることを当たり前のように宿命づけられて生きてきた。生きてしまった。
 愛する女と添い遂げることすら、夢に見られぬ世界に生まれてしまった。

「それを否定したら、矛兄が死んだんを否定することになるから」
「そうや、あてらに兄様の死を否定することは許されない」

 呪縛のような兄の死を、悼みながら恨むような、恨みながら悼むよな言葉が俺たちの口からは零れ落ちた。

「終わりにしたかった」

 蝮は自分に繋がる点滴の透明な薬液を見ながら言った。

「もう終わりにしたかった。何だってえかった。もう何もいらなかった」

 その言葉に俺はなんと応えるべきなのだろう。俺も、もう終わりにしたかった。
 こんな世界で、弱い俺たちは生きてはいけない。

「あんたと結婚してもうたら、あてはこの世界に生き続けなければならなくなる」

 この狭く、息苦しく、冷たい世界に、俺たちは二人で生きてきた。
 今、彼女はそれを、静かに拒む。

「この世で初めて愛して、この世で一番愛した男が、いつか死んで、その死を尊ぶ世界に、あては生きていたくない」

 愛していると蝮は言った。
 俺は彼女が死にたかったのだと覚った。