一時限目

 またとない機会だと、私は明日付けて行く腕時計の時間がずれていないか確かめながらそう思った。

『お試し期間でええな!って思うたら結婚しよ。ていうか俺ら恋人の期間があらへんのはようないよな!』

 もう必死すぎてタガが外れたとしか思えない柔造からの提案は、私にとってまたとない機会だった。
 一ヵ月、彼はほとんど欠かすことなく私に愛をささやいた。それがどれだけ私を救い、それがどれだけ私を突き落としたのか、きっと知りはしないのだろう。

「試されるのは、あてやろ」

 密やかに、昏く笑う。
 一ヵ月、断り続けた彼の言葉。
 本当は嬉しかった。とてもとても嬉しかった。

 ああやって裏切った時から、いや、そのずっと前から、柔造は私のことなんてもう何とも思っていなくて、家族ですらなくて、だから、彼にほのかな恋心を抱いている自分を、私は学生時代から何度も嘲笑った。  もうあの男は私になんの興味もないのだ、いがみ合うだけなのだ、と。
 そう思うことことで私は私自身を納得させ、それでも私は「明陀の中の彼」を含めて、その全てを救おうと道を踏み外したのだから。

 そうだというのに、その男はそんな私を嫁にしたいと言った。
 その時の、歓喜と絶望。
 うれしかった。だけれどこわかった。
 私は裏切ったのに。私は、明陀を、家族を、そうして柔造を裏切ったのに。
 私はずっと好きだったのに。柔造だけが……。
 ぼんやりと窓の外に目を向ける。暗がりが見えただけだった。

「あては、あんたの思うような女やないのよ」