(最悪や、最悪や、サイッアクや!)

 今朝の勤行で、柔造はほめられた。強面の古参は間違いなく言ったのだ。『柔造和尚は声がよろしい』と。

(その後さえなければ、その後さえなければ―――!)

 新参の集まる部屋に漲る怒気に、顔を合わせて二ヶ月ほどの坊主たちはびくりびくりと肩を震わせて、声を出さずに(その後さえなければ―――)と叫んでいた。この温和そうな顔をしたタレ目の新参は、思うよりずっと短気だということを、彼らは身にしみて感じていた。特に――――

「だ れ が!矛造和尚や!」

 バキッと不穏な音を立ててペンが折れた。凄まじい膂力だ。そうだ。駄目なのだ。古参たちの言う『矛造和尚』という単語を使うことは、彼に対するほとんど禁句に近かった。


読経争ひ


 京都某所、某山、某寺。名だたる修行寺の中でも特に格の高いこの修行寺に1年もいれば、坊主としての箔が付く―――そう言われた修行寺に、柔造がやってきて、約二ヶ月である。


『矛造は大本山に行ったんや』
『はあ!?聞いてへんわ!適当に修行して、適当に帰ってきてうち継ぐ言うてたやんけ!』
『幹部に抜擢されたんや!あそこの寺の推薦での幹部や。もう戻ってくることあらへんやろ』
『やから俺に行けってか!?』


 得度はした。僧侶になる素地だけは、寺に生まれた人間としてやっておいた。だけれどその先は兄がやるものだと思っていた。兄がやるもの、というのは、恨みごとに近いものもある。矛造は本当に出来物で、自分にない物をたくさん持っている、と柔造は思ってきた。だから兄のようになりたい、という憧れから得度だってしたのだ。だけれど、先程は「聞いてない」と言ったが、兄の行った寺で、兄の評判があまりにも良いことはどこからだって聞こえてきた。


 さすが矛造くん。もうあの寺の幹部やって。次は本山かいう話や。


 比較された訳では決してない。兄が悪い訳でも、周りが悪い訳でも決してない。だけれど、柔造にとって‘優秀な矛兄’というのは、ほとんどNGワード、禁句の類だった。
 そこから舞い込んだ兄の昇進と、自分の山行き……本当なら、矛造と同じ山へ、と嬉しく行けるはずだったそれは、暗澹とした、コンプレックスの塊のまま、事が進んでしまった。





「柔造和尚はほんまに声がよろしい。ほんに、矛造和尚様の弟や」

 それが二ヶ月前。今朝の勤行の後に呼び止められた柔造に声を掛けたのは厳しいことで有名な古株だった。内容が内容で、ピリピリしている訳だが、今日はそんなことも言っていられないのであるから、この短気な男にふと声を掛けたのは子猫丸だった。

「柔造さん、転役の表、見はりました?」
「転役?」

 子猫丸は、この寺も、柔造の実家の寺も所属する宗の本山(柔造にしてみれば忌々しい矛造が幹部をやっている本山)に小さい頃に預けられた小坊主だったが、年齢も上がってきたので、見聞云々ということで一旦こちらの寺に出された者だった。小坊主と言っても、本山の管長やその息子と歳が近いからか、修行という雰囲気にならないのだ、ということらしかった。

「ああ、この寮も二ヶ月やから、違うとこ行くんですわ」
「転属みたいなもんか?」
「あ、柔造和尚社会人やんなあ。そやそや、転役は部署変わり。あんたさんの次の部署は人気部署でっせ」

 子猫丸に続いて、テンション高めの僧が転役の表をひらひらさせる。そうしたら、周りからああっ!と声が上がってしまった。

「蛇白殿…?行者…ぎょうじゃ?」
「あんじゃ、ですわ、それ」
「あんじゃってなんや?」
「付き人みたいなもんやねえ」

 柔造は心の中でめんどっ!と叫んだ。勤行修行のついでに付き人なんてやってられるか!と思ったのだ。

「今めんどいと思ったやろ。あんたさん、後悔しまっせ」

 同僚のにやりとした笑いと、他の羨望の眼差しに、柔造はその時首をひねるばかりだった。