花盗人
君を手折ったのはたぶんオレだから。
*
「鎌倉?お仕事ですか?」
鎌倉に行こうと思って、と景時さんに言われて私が最初に思い浮かべたのはそんなことだった。そんなものだと思う。すべてのことに決着を付けて三ヶ月、というところだろうか。荼吉尼天を私たちが破り、この京での生活を景時さんがつかみ取り、景時さんの隣に私が残ることにしてから三ヶ月。それはそれまでにあったことの大きさを思えばまだまだ短い。
だから、私が最初に思ったのはまだ細々した雑事が残っているのか、それとももっと別の、いずれにせよ仕事だろう、ということだった。
「あー、いや、仕事じゃないんだ」
「え?」
「できれば望美ちゃんも一緒に、な〜んて思っちゃたりしてるんだけど、どうかな?」
小首をかしげてそう言われて私はぽかんとする。鎌倉、一緒に?
「頼朝さんに呼ばれたとか!?」
次に考えたのはそんな不穏当なことで、勢い込んで言ったら、景時さんは本当に驚いたようにぶんぶん首を振った。
「違う、違う!そりゃ御所まで挨拶には行くと思うけど、そういうんじゃないし行くとしても望美ちゃんはその時は鎌倉の邸にいていいから!!」
「そうじゃなくて!ていうか頼朝さんのところに行くなら一緒に行きます!」
「だから〜違うってば〜」
ここまであっさり、軽くいなすように否定されるなんて、私はそんなに見当違いなことを言っているだろうか?どこにも不自然なところはないように思うのだけど。だって、あんなことがあってまだ日も経っていないのに急に鎌倉に行くなんて言い出して、何かないと思う方が難しい。
「あれだよ、旅!」
「旅…?」
「うん、ちょっと鎌倉まで付き合ってくれないかな?」
そう言われて私は言葉を失った。
その言葉に、じゃない。
その景時さんの顔があまりに凪いでいて、今まで考えた不穏なことも、不安なことも、全部が全部見当違いだったのだと思い知らされたからだった。
(嘘なんて分からないよ)
あなたの嘘は分かると言ったことがある。だけれどそんな神のような力は自分にはない、なんてこと十分知っている。ただ、今の彼が嘘をついているとして、それがどんな嘘だとして、あるいは嘘ではなくただ何か隠しているだけだとして、だけれどそれを問いただす気にはもうなれなかった。
(私は、いつも)
隣にいることしかできない。隣にいることさえできない時もあった。
そうやってすべて押し殺す彼を愛しているからここにいるのに、と私は少し寂しく笑った。
「新婚旅行ですね」
「え?」
だからせめて、これ以上は聞かないで、あなたが話してくれるまで待つから。
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