「着いたよ」

 他愛もない話をしていたらいつの間にかずいぶん開けた場所に出ていた。手をつないでいて良かった。どうやってここまで来たのか全然分からない。
 そう思っていたら握っていた手を放される。

「ごめん、痛くなかった?ちょっと邸から遠かったからさ」
「あ、だいじょうぶです」

 応えながら離れていく景時さんの手にふと寂しさを感じもした。そう思って羽織の裾を引いたら、景時さんは少しうれしそうに笑ってもう一度手をつないでくれた。

「繋いでいてもよろしいですか、姫様?」
「急にヒノエくんみたいなこと言わないで!」
「夫の前でほかの男の名前を出すのはいただけないな〜」

 そんなことを平気で言う景時さんは、昨日の必死さも、先ほどまでの私がどこか遠くに行ってしまうような前提に立ったような話題からも遠かった。だから私は彼と手をつないだままでその開けた場所に点々と並ぶ石を見て口を開いた。

「あの、ここってお墓?」
「そう。ここにね、君を連れてきたかった」

 その中の一基に近づいて、景時さんは私の手をもう一度放すと、かがんでそっと花を手向けた。

「オレの、父の墓なんだ」

 言葉はひどくやわらかで、ひどく静かだった。

「親父に、君を娶ったことを報告していなかったなって思ってさ」

 そう真剣な声で言われて私も景時さんの横にかがむ。そうしたら少し驚いたように彼は隣の私を振り返った。

「お父さんは、私なんかが景時さんの奥さんで怒ってないですか」
「怒るはずないじゃない」
「景時さんじゃなくてお父さんに聞いたの」

 私の変な理屈に、ふふと景時さんはおかしそうに笑った。

「ねえ、ここに君を連れてきたのはさ、親父に報告したかったのももちろんある、もちろんあるけど、なんて言ったらいいんだろう。うん、そうだね、君を試したんだ」

 その言葉に、私はなんて返したらいいのか分からなかった。その沈黙を彼はどう取ったのか分からないけれど、ぽつぽつと言葉が落ちてくる。

「君が一緒に鎌倉まで来てくれるか、何も聞かずにいてくれるか、元の世界を懐かしんでくれるか、懐かしんでもオレの隣にいてくれるか。試したんだ」
「景時さん……」
「最低でしょ、オレ」

 自嘲するように笑って言った景時さんの手に私は自分の手を重ねた。

「不安な気持ちにさせて、ごめんなさい」
「え…?」
「私が本当に隣にいるか、景時さんは不安だったんですよね」

 そう言ったら、景時さんはさっきまで笑っていたのに泣き出しそうな顔になってしまう。いや、初めから泣き出しそうな顔で無理に笑っていただけなんだ。

「ね、景時さん。私、景時さんの嘘とか隠し事を見破ってね、それで安心させるためにここにいるんじゃないんだよ」
「望美ちゃん…?」
「そんな綺麗で優しい理由じゃ、ないんだよ」

 声が震える。言ってしまったら戻れない、そう思った。どこに戻るつもりなのかと思いながら、私は目元に水滴が溜まるのを感じながら震えるままの声で言った。

「私は、景時さんを失いたくなくて、失くしたくなくて、一緒にいたくて、ここにいるんだよ」

 ああそうだ、戻る場所なんて、生きているこの人の隣で十分だ。