【DIOの場合】

「日本人、高校生、生まれながらのスタンド使い。条件がしっかり合っているからやはり運が向いているのはこのDIOだ!……と思ったんだけども……」

 はあああああ……これはハズレを引いたのでは? とエジプトのナイル川なんて優雅に旅行していた日本の高校生に肉の芽を埋め込んでみて、保護者に疑われない程度に夜間に館に連れて来てみたまではいいんだが。

「なんで吐くの」
「もうし、わけ、ありま、せん」
「そんなに怖い? 花京院君?」
「ち、が……」
「じゃあ痛いか?」
「い、え」

 言葉の微妙な違いと機微にふと思う。うんうん、恐怖は分かったが、痛みはないようで、そこは、うーん? まあ肉の芽でも死ぬっちゃあ死ぬが、痛みがないのはいいのか? 日本のジョースター家の……なんだっけ……ああ、ジョータローにちょっとちょっかいを掛けてくれればいいだけだから別に死んでもいいんだが、と思うが、だが、何というか……。

「ああ、成程」
「は?」
「いいことを教えてやろう。今君を制御している、ああいや、君を強くしているそれだがね、前頭葉のあたりで君の理性や論理的な思考をコントロールするところまではいけるんだが、流石に本能的な辺縁系まで行くと即死だからやってないんだ」
「??」

 滅茶苦茶不思議そうだが、ジャパニーズ高校生ってこういうの習わないのか? それともこいつ馬鹿なのか? いや、まあどうでもいいけども。

「つまるところ、君は私に対する恐怖を抑えきれない。本能的に私に対する恐怖だとか、不安だとかそういうものが抑えきれないのだけれど、ただ理性や論理的には、この相手には従った方がいいし、さらに今生殺与奪を握られていることも理解しているというよりは『理解させられている』状態という、なかなか面白……あーごめん、歪な状態というワケだ」
「は、い? あ……の……!?」

 あ、理解力は高いんだな。一瞬迷った後ですぐに自分の状況に気付いたぞ? つまりこれ、今みたいに恐怖したままで何も出来ないでいると即断即決で「殺すよ?」と言われていることは分かったようだ。うんうん、理解力が高いのは……使い出がある。
 だがこういったものは使い道というか、使い方は慎重にしないといけない。

「だが、そんなことは考えていないから安心してほしい」
「あん、しん?」
「そう、安心。だって折角スタンド使いだろう? 初めて会ったんだろう? スタンドが見える、使える、それどころか君を『理解できる』!」
「あ……」

 怯えているのに、本当に安堵したように膝から崩れ落ちた男の17年くらいの短すぎる生命を思ってみたが、特に感慨はない。ああそうか、利用のし甲斐は十分にあるが。

「『法皇の緑』は素晴らしい。それを持って生まれた君も素晴らしい。だから友達になろう。友達のために何をするのも惜しくはない。君のために何でもしよう」
「あ、の……」
「安心していい。安心していればいい」

 言葉に男は笑った。絶望しながら笑うその顔はひどく歪んでいるのにどこか悲しんでいるようで、そうしてその背後を支える緑の帯の向こうで一体のスタンドが私を睨むように見据えていた。知らん。だってそれが欲しかったんだろう? 安心したかったんだろう?

「このDIOが居場所を作ろう。君は私といる限り、もう孤独ではない」

 言葉に花京院が目を見開いた後に、一拍遅れて狂ったように笑い出した。
 ように? いや、初めから狂っているか。

「そうだ。分かっただろう? 肉の芽も私も、お前の肉体も精神も感情も支配していない。ただ単に」
「そうですね」

 狂ったように笑いながら、男は言った。

「ただ単に、僕が……私があなたに従うことを、あなたといることで安心できることを望んだのです、それだけです!」

 ああ、別に狂ってもいないか。
 だってここまでくれば別段アイスたちと変わらんだろ。

「少し脆いだけで」

 何とはなしに手近にあったエメラルドのような宝玉を砕いてみた。あのスタンドではないだろう。勝手には動くタイプには見えないから、机にでもあったのだろう。

「エメラルドというのはとても脆い。本当は硬度が高いのに、内部に傷が多すぎて壊れやすいから扱いづらい」

 花京院という男はまだ笑っていた。全て吐き出すように。壊れて狂った時計のように。


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