【空条承太郎の場合】

「……」
「なんだいJOJO?」
「いや……」

 口にしていいもんか考えて、それからコーヒーを淹れて配っている花京院を眺めてしまう。アヴドゥルと何事か話しているが、香港での茶がどうこうというのが聞こえてきて、そういやアイツ、香港でのテーブルマナーがどうのこうのとポルナレフに襲われる前にご高説垂れていたような気が……。

「普通ではないな」

 ひとのこと言えたもんじゃあないが、それなりの家庭で育って、それなりの頭脳があって、と思っていた。
 が、本人曰く、というかほぼ間違いないのだろう。

『友達いないし、作る気もなかった』

 わりとはっきり口に出されてギョッとした。ギョッと? いや。

 ゾッとした。

『だから、たぶん同年代だとJOJOが初めてかな? ジョースターさんとかホリィさんいいなあ。アヴドゥルさんも呼び捨てでいいってちょっとお兄ちゃんっぽいし……ポルナレフは……除外で』

 そうホテルで笑って言った花京院にゾッとした。自分でもおかしいと思ったし、自分の今までの行動が普通ではなかったことは分かっている。所謂不良というやつだ。酒も煙草もやるし、流血沙汰なんぞしょっちゅうで、無銭飲食、学校で問題行動……考えれば考えるほどお袋が俺を投げ出さなかったのは奇跡だな……。
 その一方で、花京院が周りに投げ出される要素はないが、花京院の方が投げ出す要素があるのか、と今更のように思った。
 生まれながらのスタンド使い。
 たったそれだけの理由が周り全てを投げ出す動機になるというのは、どう考えても狂っているように思えた。

「いや……」

 だが俺には生まれつきのスタンドはなかった。スタープラチナはごく最近発現したものだ。じじいにはもともと波紋があったから疑問もなかっただろうと考えれば、だから。

「さっきからこちらを見てなんなんです? 言いたいことがあるなら言ってもらって構わないが?」

「あ?」
「いや、君がずっとこっち睨んでいるから」

 そう言われてずっと花京院を睨んでいたらしいことに気が付いた。
 そのアホ面を見て、言わない方がいいと分かっていながらも怜悧な視線にふと思う。今問い質しても、たぶんコイツは答えない。

 答えない。応えられない。
 なら、聞いちまった方がいいんじゃないのか?
 逆かもしれない。応答がないと分かっていることを訊くのは間違っているのかもしれないが、だが。

「なあ花京院」
「なんです?」
「てめえにとっての悪は今でも変わらないか?」
「はぁ? 急になんだい?」

 面倒そうに、記憶を爪繰る様にそう返した後に、今度こそ本当に不快げに彼は顔をしかめた。

「敗者が悪とはもう言えないよ。君の言う通り人を陥れるようなものは吐き気がするほどの悪だろうね。僕がやったように、DIOがやっているように。それは正しくないと思います」

 言葉に微かな引っ掛かりを覚える。
 ああ、これは駄目だ。これはきっとこの男をいつか追い詰めることになる。あるいはこれを乗り越えることが出来たなら、と思ったが、それは――

「でもそれは僕にはまだ分からないというか、出来ない」
「なぜ?」
「……正邪ではあっても、正誤ではないから」
「……そうか」

 小さく頷いたら、花京院は驚いたように、それでもどこか泣き出しそうな顔でこちらを見た。

「殴ってもいいけど」
「いや、別段。そういう考え方もある」

 ああ、コーヒーが冷めてやがる。この馬鹿のも冷めてるだろうと思って淹れ直すために立ち上がった。

 正邪ならば、確かに正義と邪悪があるだろう。だが、それが正誤なら。

「なんでこう、間違っていると分かっていて」

 ああそうだよ。ひとのこと言えねえからやってらんねぇんだよ。

 酒なんぞ恰好つけて飲まん方がいい。
 煙草なんぞ、止めた方がずっといい。
 いちいちお袋に心配かけねえでいたら、こんなことにならんで済んだかもしれねえのによ。

「今淹れ直す。悪かった」


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