【ジャン=ピエール・ポルナレフの場合】
「お前のハイエロファントちゃんさぁ」
「うっわ、気持ち悪い。ぶん殴っていいかポルナレフ?」
「暴力的過ぎる!」
「僕のハイエロファントグリーンに気安くちゃん付けしたお前が悪い! 謝れ! ジャパニーズ土下座でいいぞ!」
「いや、ちょっと俺に対してだけ厳しいですよね花京院君は!?」
指差してそう言われた、背後で困ったように笑っているハイエロファント『グリーン』にいろいろと気が殺がれて、そうしてそのまま抱え込んでいるもんでもないだろう、と思えば、何となくこの年下の少年が心配になって言ってしまった。
「名前なんてーの?」
「はあ?」
「『法皇の緑』の名前、教えろよ」
「?」
不思議そうにした花京院にまた馬鹿だなのなんだの吠えられる前に、一応釘を刺しておく。
「ハイエロファント……グリーン? エメラルド?」
「……あ」
目を見開いたくせに、困ったように俯いた彼の肩に手を置いたそのスタンドは、本当に生まれつき、オレと同じではあるんだろうが……そうだな、妹にも見えなかった。見えなかったし、隠してもいた。だが妹はオレを愛してくれたし、オレは彼女を誰よりも愛していた。今でも愛している。だけれど、コイツは……。
「エメラルド・スプラッシュ以外でも、彼のことをエメラルドって言ってるかい?」
「たまーにな。承太郎たちがなんかすげぇ気ィ遣って聞かなかったことにしてるから気になってよ」
「そう、か……悪いことしてるね」
「悪くはないだろ、別に。何だかは知らねぇけど」
そうだけ言って、なんでかホテルで一緒の部屋になっちまったし、と夜に未成年に酒もコーヒーもな、と冷蔵庫に入っていた適当なドリンクの栓を開けて渡してみる。炭酸じゃないからいいだろう……払うのオレじゃないし。
それを一口飲んで、落ち着いたのか、花京院は静かに言った。
「DIOに支配されていた頃にね、彼の名前も忘れてしまって……エメラルドはとても脆いからと、ハイエロファント・エメラルドと呼ばれていたんだ。小さい頃もそんなふうに呼んでいたみたいなのがバレてたみたいで……それで、なんだか抜けていないんだな、たぶん」
「そーかい」
コイツが無意識そうなのと、承太郎たちのあからさまな態度に、そんなところだろうとは思っていたが。
それにしたってオレは憎悪に駆られて、そうして力が欲しいだけで、あらゆるすべてをDIOに支配されていたとは思っていなかった。だからアヴドゥルに自害を勧められた時に「なんて高潔な相手だろう」と思った。だからあの短剣を使うのは無礼だと思った。
そう思える程度にはまだマトモだった。いや、あの時点でまともじゃあないんだが……。だから、ジョースターさんから聞いた花京院のことと、肉の芽について話せる範囲で話したことについてを照らし合わせても、花京院が最初に承太郎を襲ったそれはまるで、肉の芽なんてなくても「悪の救世主」「悪のカリスマ」DIOに心酔しているスタンド使いたちのそれによく似ていて、だからその支配から抜けた、という表現がどうしてか当て嵌まらないように見えても仕方がない、と呟いたジョースターさんに、何か分かっているのだろう溜息をついたアヴドゥルと、イライラと殴りかかりそうだった承太郎になんだか納得してしまった。
「お前さあ、DIOのこと」
「言うな、頼むから」
「いや、言っとく」
「やめろ!」
「敬愛とか救世主、まではいかないけども、助かってはいたんだろ?」
「っ……ちが、う」
「怖かったんだろ? だけども、いくら怖くともDIOみてぇに理解とか友達とか周りに誰もいなかったから」
「黙れ!!」
そのまま花京院に殴られたが、殴られてやるのも年上の役目だろうなと受け容れたら、ずいぶんなことを言われた。
「避けろよ、馬鹿!」
「ハイハイ」
「そうだよ! 嬉しかった、本気で声聞くだけで吐くほど怖かったけども、今までスタンドなんて言葉知らなくて、理解されなくて、誰もいなくて、だから友達になろうとか言われて、ハイエロファント・グリーンのことさえ忘れるほど嬉しかった! だから僕は自分の意志であの人に従ったんだ! だから本当はここにいちゃあいけない!」
叫び出した花京院に溜息が出た。この少年は、だが。
「お前は誰を愛した?」
「は……?」
「オレは妹を愛していた。家族を誰よりも愛していたし、今でも愛している」
真っ直ぐに見て言ったそれに、ぼんやりと花京院は考え込んで言った。
「分からない」
「分からないなら、考えろ」
「なんで」
頑是ない子供のように、彼は言い募る。
「DIOからそうされるのを望むだけで、だれからも愛されない、理解されない、何もないって言うだけなら自分からやってみろ。ごちゃごちゃ言うのはそれからだろう」
「……それは……そうかもしれない……だけど……」
「別に無理に変わらなくていい。エメラルドでもグリーンでも何でもいいだろ。だけども、それじゃあ寂しくねえのか?」
「寂しい、けど」
俯いた花京院は、どうせ分かっているのに踏み出せないだけだ。オレの知ってるコイツはそんなに弱い男じゃあない。
「日本に帰ったら手始めに彼女でも作れよ。お前みたいなタイプは尽くし過ぎて気持ち悪がられてフラれるのが基本だが」
「うるっさいな!」
適当に言ってみたらいつもの調子を取り戻しつつある花京院の後ろでハイエロファント『グリーン』が笑った。嬉しそうに、笑った。
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