【ジョセフ・ジョースターの場合】

「DIOのこと考えると吐きそうです」
「まあ、そりゃあ花京院はそうだろうよ」
「いや、DIOがどうというより……承太郎とかポルナレフたちのことを考えると、どうせ孤独だー、とか友達いないー、とか喚いていたのは僕自身の問題だと突きつけられて、DIOに安心して屈した自分を思い出して吐きそうで」
「……お前、あのなあ」

 言葉は続かなかった。花京院の横顔を見ていてふと思い出すことがあったからだった。
 わし、知ってんだよなあ……こういう無駄に精神が真っ当すぎて、人間らしすぎるヤツって無理するか、それが原因で早死にするって。溜息しか出んわ。

「変な話していいか」
「はい?」
「昔いろいろいてさぁ……」

 思わず口調がおかしくなったがまあいいか、と思ってしまう。まあいいか、花京院に話しているようで、もっと別の誰かに話しているのかもしれないし。

「血統の問題がどうのこうのとか、ふざけているとか、魂とか、運命とか、そういうことを懇切丁寧に残してくれやがったのがいたんだね、本当に困ってる、現在進行形で。困っているというか、思いも魂も大切すぎてな」
「あの?」

 そうだな、それは全部過去のことではなく、すべてが現在進行形で一緒に戦っているつもりなんだが、それで彼は満足だろうか? 或いは彼を喪って、わし自身にも何も言えないままに耐え続けた母は――。
 考え続けなければならないのに、考えたくないと思ってしまう。そう思うとどうしてか自分のジョースター家という「血統の問題」なんてものが馬鹿らしくなる。
 そうなんなきゃ、ホリィだってこんな目には遭ってないし、承太郎も問題なし、つーかアヴドゥルとかポルナレフとかイギーも、目の前の花京院も基本ジョースター家とディオのせいじゃん。原因うちじゃん。最悪だよ。なんでそうなるんだよ。

「だけども、それが運命なら運命に従う、って前に思っちゃったワケ」
「ジョースターさん?」
「いや、周り巻き込むな、とは思うが。だが承太郎を見ているとな、運命に従うってのも違う気がしてきた」

 不思議そうにこちらを見た花京院も、確かに違う。そうだ、もし彼が運命に従うのなら、あの時承太郎が助ける必要はなかった。

「そうだよ。お前さん、あのまま死んどれば『DIOに必要とされたまま』死ねてたから、ある意味で満たされてたかもしれんし」
「……は?」
「顔、こわ。年寄りにはキツイわ」

 ものすごく険しい顔で睨んできた花京院をいなしつつふと天井を見上げた。そうだなあ。

「吐きそうなほど怖いんじゃあなくて、吐きそうなほど自分が嫌になるって、それは成長かもしれないけども、もっと気楽に構えとけ」
「はい?」
「アリだと思うんよ、自分が嫌いってのはアリだと思う。自分が嫌になるってのもある。分かる、滅茶苦茶分かる。わしがそうだから」
「ジョースターさんが?」
「まあな」

 そう言ってからふと考える。

「隣人愛ってあるじゃん、聖書なんだけどって日本人の花京院に言って通じるか分からんのだが」

「知ってはいますが……」
「あれさぁ、まずもって自分を愛するようにって『自分を愛せないやつが他人を愛せるか?』っていう部分を考えるときあるんだが、そうなるとすごく難しい気がするんだね、わしみたいな性格だと」
「それは……僕もそうですね」
「でもまあいいかとも思う」

 そう言えば、また不思議そうにこちらを見た花京院に笑ってみせる。
 まあいいかと思った。
 わしはわしのことが好きか嫌いか、と問われても即答は出来ないかもしれないが、友のことは今でも愛している。母のことも、家族のことも、妻のことも、娘のことも、孫のことも、愛している。それ以上の何がいるだろう。

「自分のことが二の次三の次で何が悪いよ、ま、わしは自分が一番だけど」

 そう言ったら花京院は笑い出した。承太郎もだが、笑うと年相応の少年に見えるな、やはり。

「それもそうですね」
「そうやって一人だとか友達がいないとか、そういうこと思ってた自分が嫌になるってことは、花京院は今周りにいる連中が好きなんだろう? それでいいだろう、別に」
「そうかも、しれません」

 笑ったままで言った彼に、歳を取るのも悪くはないと思った。
 ……生き残ってしまうのも、悪くはないと。





 だから、視力を失ってはいないと目許に傷を残したままの彼が全てを乗り越えて再びわしたちの前に戻ってきた時に、その強さを思う前にふと思った。

「あ、うちの孫って友達いたんだ」

 いや、すまんて。


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