【花京院典明の場合】

 後悔はない。
 そうだ、何一つ。
 何一つ? それは嘘だ。

 嘘だ。

 アヴドゥルが、イギーが。
 だが、もう迷わない。迷わない? それは嘘だ。迷っている暇がない。

「それくらいでちょうどいい」

 気付かれないように慎重に。
 僕の……私の静なるスタンド『法皇の緑』は半径20メートルに亘って張り巡らされていく。その男を取り囲むように。結界のように。
 僕を守る様に、その男を追い込むように。
 気配を消して、姿を消して、声を上げずに。
 いつかのように、誰にも気づかれずに。

「怖くないな」

 そうだ。ハイエロファントグリーンが誰にも気づかれないようにするのは怖かった。苦痛だった。隠しておかなければならないと思うたびに孤独で、悲しくて。
 だから、その必要がないとDIOに……DIO様……あの方に言われた時に、本当に『嬉しかった』。自分が体液を吐き出して、恐怖に震えて悶え苦しむこと以上に、そこには喜びしかなくて、だから僕はその大切な相棒も、自分自身の苦痛もすべて差し出してしまえた。

 正しくない。愚かだ。邪悪だ。

 だけれど、間違っていたと、誤っていたと、本当に言えるほどに僕は変わってはいないと思う。

 だが、今こうやってその男を捕えるために、その昔のように誰にも気づかれないように相棒を隠しながら動き続けることは怖くない。

「だって見えなくても別に」

 そうだ、別に。
 別に、今『法皇の緑』がジョースターさんたちに見えなくても、そこらにいる人たちに見えなくても僕は困らないし。
 ジョースターさんたちはそれで別に何も言わないし、そこらへんの人たちには関係のないことだし。
 そういうもんだとしか思わないし。そういうもんだと思えるようになれたし。

「それはお前も同じだ、DIO」

 お前に見えなくても別に困らないし、お前に見てもらわなくても困らないし、別に。

「いや、むしろ気付かないまま囲まれて死ね」

 吐き捨てて、そうして。

「「法皇の緑」の『結界』か!」
「くらえッ! DIOッ! 半径20m、エメラルド・スプラッシュを――――ッ!!」

 別に、間違っていてもいい気がした。これなら。
 間違っていてもいいだろ。
 最初から全部間違わないなんて、きっと無理な話だから。


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