法皇
「アヴドゥル、妙なことを訊いても構いませんか?」
「ん? どうかしたか? というか寝ないのか?」
夜。火を見ながら呟くように花京院が言った。それから野営には慣れた、とずいぶんなことを言っていたのを言っていたのを思い出す。承太郎はまだしも……いや、承太郎だってそうだが、彼らはまだ学生だ、と思えばこの旅の歪さを思わずにはいられなかった。
「人生の目的とはなんだろう」
「……は?」
「ぼくは……本当を言うとDIOに恐怖したんじゃあないんだ。アヴドゥルが恐怖を感じたとして、多くのスタンド使いがカリスマを感じたとして、でもぼくは違う」
揺れる火を見詰めながら彼は言う。言葉にすることを躊躇うように。
「安心した。ぼくの法皇の緑が見える人間がそこにいる。それで何もかもがどうでもよくなった。安心できた。そういう世界があるんだと安心した。人生に、世界に安心できた。今では馬鹿だったと思います。でも、それが全部だった」
嘆息のように言われて、生まれながらにスタンドを持っていたためにそれを隠して生きたそのことを考えた。
「ぼくの人生の目的は……今は正直分からない。でもDIOに会った時は『安心』だった。でも、もしかしたら今もみんなといるのが安心するからそれが目的なのかもしれないと思うと、少し怖いです。同じことをしているように思えてしまって」
苦く笑った花京院に夜だがいいだろう、と火で沸かした湯で淹れたコーヒーに砂糖を入れて渡した。
「ありがとう」
「ああ。私は占い師だからな、目的や未来に悩む人間は多く見てきた。だが占いというのは当たることも外れることもある」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦、というやつか」
「そうだ、日本にはそんな言葉があるな。だから与太話と思って聞けばいい」
そう言えば小さく頷いてコーヒーを飲んだ花京院に言う。
「お前に生まれ持って具わっていたスタンドは『ハイエロファント』、すなわちタロットカードの『法皇』だ。法皇のカードが示す中で花京院によく似ているのは協調性や慈悲……本当にこの旅の中で成長したというよりは、本来そういう人間だったんだろうと思うくらいには頑なにチームの中でそれらを守ろうとするからね。だが、法皇のカードの中でお前にとって最も重要なのは私が思うに『その人物自身が法であること』だろう」
「……は?」
私の言葉に花京院は驚いたようにこちらを見た。そうだろう、きっと意味が分からないだろうと思ったが、占い師としてというよりは彼を見ているときっと誰でも思うことだ。ジョースターさんどころか承太郎でもポルナレフでも分かる……或いは、DIOでさえ、分かったのかもしれないから、面白半分で放り出してみたのかもしれない、と。
「『法皇』のカードは書物の律法を持たない。それはその確認を必要としないほどに彼自身が法の支配者であることを示す」
「そんなはずがない! たとえそうであるとして、それは
『法皇の緑』には相応しくとも、ぼくには絶対に与えられる権利じゃあない!」
叫んだ花京院の前に指を立ててとりあえず静かにさせる。誰かが起きてしまうかもしれないからな。
「それはそうだ。それは権利ではないからな。権利ではなく義務だ。法皇である限り、その者はそうであらねばならない義務を負う」
「え……?」
「自らを律し、律法の支配者として正しく振舞えない者に『法皇』は与えられない。だから花京院、お前がその時その時に選んだものが法になる。何にも頼らずに、何にも書かれずに、お前の選択がそのままだ。安心が欲しければそれが、強さが欲しければそれが、平穏が欲しければそれが、お前の思いがそのまま法になる。それ程までに、お前を示す『法皇の支配』は重い」
そう言えば彼は絶望したように額を抑えて顔を伏せた。こんなことを言うべきではないと思ったが、占い師としても仲間としても嘘は言えない。そうして何よりも、花京院に嘘はつけない。なぜなら。
「そうして私は花京院がそれを正しく使えることを知っているから今そう言った。DIOに頼らないと決めた君だからだ。『法皇の緑』、その名の通り、お前は誰にも頼らない。そういうことだ」
頼れないのではない、5番目の支配者は誰にも頼らない。顔を上げた男はもう苦悩してはいないし、泣いてはいなかった。
「ぼくは……本当に立てたんだろうか」
私がそれに応えることはなかった。そんな必要はなかったから。きっと彼の相棒が答えてくれる。彼に法皇の称号を与えることを良しとした傷こそが美しい緑を持つそれが。
「私は占い師だからな」
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