閑話休題

「……なんだ?」

 だだっ広い、と自分で言ってしまえば世話がないが、研究目的に買い上げた郊外の一区画で妙な香りがした。
 妙、というのはおかしいか。
 懐かしい、という方が適切で、もっと言うならば甘く柔らかい菓子のような、と思ってから、半分落ちかけていた思考が繋がる。繋がってそれから、思考が落ちるほど回転が遅くなっていたのだ、と気が付いた。

「あの馬鹿!」

 そこまで行けばその香りの意味も発生源も何もかもが繋がって、そのまま自然と身体が動く。区画に入っているならいいが、いくら郊外でも住宅街が近い。
 というかこの辺にいるのか? ということも気になったが、時間を考えれば大学の帰り? と考えれば他の人間が多すぎる。
 そうなればそれはとどのつまりは他のアルファが多すぎる、ということになる。
 独占できるとかそういう問題以前に、この状態でふらふらしているのはそもそも自分は捕食対象ですと言って歩いているようなものでしかないだろう、と思えば駆けつける足が早まった。

「それは私も同じか」

 そう考えてから、自分もその一端でしかないか、と脈拍が早くなっているのに気が付いてそのまま腕を噛む。血が出ていたが別段どうでもいいし、感じた痛みと流れた血で少し冷静さが戻った。
 そうやってとにかく急ぎながら、それでもその香りの発生源があまりに魅力的で、抗うのに精いっぱいで半分足を引きずるようにそこまで行けば、そいつは笑えるほど無様に前のめりに膝をついて倒れかけていた。

「何をやっている」

 とりあえず、その赤い髪の青年に声をかける。相変わらず腕あたりに巻きつけてみたくなる髪型をしているな。

「何をやっている」

 もう一度繰り返したら、焦点の合っていない紫がかった目がこちらを見て、それから失望したように伏せられた。聞こえていないんだろうな。

「どうせ」

 不意に声がして、思わず噛みたい、と思ったがそれはしないと昔約束しただろう、と言おうかと思ったが、聞こえていないのに言っても意味がない。

「何をやっていると聞いている」

 もう一度聞いてみたが、まあ意味がなさそうだ、と思ったところでぽつんと言われた。

「捕まって終わりだよなあ」

 どこか諦めたように言われて、怒りが湧いた。沸点が低いのは相変わらず自身の欠点だろうが、ぱたんとそのまま私の腕の中に倒れ込んだ『花京院典明』に思わず言い聞かせるように叱りつける。

「何が終わりだ。いつから私以外の誰かがお前を捕まえていいことになった?」