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「はいこれ、夕食です。あなたが飲んだのも結構な量なんで点滴終わらないのは我慢してくださいねー」
「あの……ありがとうございます?」
「なんで疑問形なんですか……あ、大学とご自宅には勝手ながらなんかぶっ倒れて入院してますが大丈夫ですとご連絡しておきました。大学の方は手続きとかも」
「勝手すぎる……」
「いやなんか学生証あったんでやっておけって言われて、逆らうと煩いんですよあの方」
そう夕食を持ってきてくれた人にさらっと言われた。いやこれけっこう大ごとでは? と思ってしまったのだが、これでいいのか? 絶対良くない気がするんだけど? と思っていたが、それで通るのか? 通らないよね普通?
「……まあ、仰りたいことは分かります。そりゃあそうでしょうとしか言いようがないですよね。しかしあんまり言うと私がいろいろ小言を言われますし……ああでも、ご自宅の方ではかなり安心してらっしゃいましたよ。そちらには入院ではなくてきちんと所在をお伝えしたんですけど」
「待ってくれ、どういう、意味だ?」
そう言われて異様なほどに緊張した。目の前の男は当たり前のように笑っているが、その表情から何も読み取れないというより、悪意が感じられない? いや、言葉をそのまま受け取るなら悪意しかない言葉のはずなのに。
だってそうだろう? ぼくの両親はベータだ。だからこそぼくがオメガであることを一番心配して、大学生活や一人暮らしを一番心配して、ともすればぼく以上に不安に思っているのは両親のはずで、だから。
「何をした」
「なにも?」
低く訊いたが口調もその笑みも変わらない。
「馬鹿にしているのか。とりあえず外部と連絡させろ」
小さく言って点滴を引き抜こうとしたら、今度こそ焦ったようにその男はからかうような笑みを収めてこちらの腕を掴んできた。そうして物凄く深いため息をつかれた。
「すみません、少しからかいすぎたことは謝罪します。本当に申し訳ない」
「それで?」
「いや、ちょっと調子乗りました。あの方があそこまで焦ってるの見たの初めてで……いや、ほんとにご両親にはここの住所や連絡先も、あなたの容体も連絡してますし、あなたのスマホ、そこにありますからご自分での連絡もいくらでもどうぞ。ただ、あなたが薬の乱用をするから今回の発作を抑える間はここでの点滴での容量管理が必要なので動かせないというのは理解してください。というか親御さんは理解してます」
「……は?」
そう説明されて呆けたように本当にあったサイドボードのスマートフォンのメッセージアプリには当たり前のように母から説教が入っていて(薬は適切にとか、お世話になっているのだからというのとか)、だけれど、ここのことが書いてある意味や理由は半分以上が分からない。分からない? は? なんで当たり前みたいに書いてあるんだ?
「急に怒ってすみません。本当に意味不明なんだが……?」
「あー……ほんとに記憶? 記憶というか、何ですかね、ショック的な? なんか抜け落ちてるんですね。逆に愉快になってきました」
「何を言って?」
「強いストレスとか記憶の改竄とか、まあ可能性はいろいろありますかね。あ、今更ですが、私はテレンス・T・ダービーと言います。そうですね、ややこしいのでテレンスとでも」
「テレンス、さん」
「テレンスでいいですよ」
「じゃあ、テレンス。あの、最初にいた人は医者ですか?」
「あー、医師免許は持ってるし、現役の医者ではありますね。製薬会社の社長なんで別に医者である必要もないんですが、ご本人の意向で医者もやってます。この邸宅の主で、まあとどのつまりは私の主ですね」
な、んか、ぼんやりする。なんでだ。あの金髪の、あれ? あの人、アイツ……?
「……名前は?」
「そのへんはご自分で思い出してあげた方がいいんじゃないですか」
今度こそ人を食ったような笑みでそう言われた。
思い出す?
あれ、そうだ。
あのひと
むかし
「やくそく、したのに」
あれ?
「なんで泣いてんだ、ぼく?」
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テレンスが夕食を置いていってくれてから、それを食べながら行儀が悪いと思いつつ、母からのメッセージを読んでみた。
心配したが安心した、薬はきちんと、とかそういった内容のほかに、大半を占めていたのは『ブランドーさんにきちんとお礼をいいなさい』『ブランドーさんなら安心だから』『ブランドーさんに久しぶりに会えたのね』『今度ブランドーさんに』というものばかり。
「ブランドーって、製薬会社、だよな?」
世界大手の、ついでに今回大量摂取した抑制剤の製造会社でもある。
だけども母の文面はそこを指しているというより個人のようで、と思ったところで、先ほどのテレンスの言葉を思い出す。
『製薬会社の社長なんで』
あの金髪の人が、ブランドー社の社長で、ブランドーさん?
「あ、れ?」
なんだよ、なんで、だまって、
「でぃ、お?」
あたま、いたい
いたい、けど、そうじゃなく、て
「どこ、いくの?」
いたい、くるしい、あつい
「やだ、きて、きみが、いいっていったじゃないか」
ないても、みすてないで、きてくれたのに、なんで
「いたい、あつい、やだ」
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