*
「ディオ、遊びませんか? ディオの好きなサッカー……っ!」
「向こうに行けッ!」
今までいつも一緒に遊んでいたのに、幼馴染で兄のようだったディオからバシッとはたかれて、痛くて、だけれど。
「なんだよ、きみ、ずいぶん態度悪くなったな?」
「うるさい、貴様もどうせ取り入りに来たんだろう?」
「?」
そう言われてぽかんとした。最近ディオが言葉遣いも荒くなって、周りも……なんだろう? 年上の人に囲まれたりしていてフキゲンそうだから、ちょっとスキを見て連れ出したのに、あいかわらずフキゲンだし、キサマ、なんて言われるし……?
「なにかあったの?」
そう言って顔を覗き込んだら泣きそうな顔のディオがこちらを見ていた。本当にめずらしいというか、はじめて見た。
「アルファだそうだ。ジョナサン……ジョジョと同じだったよ」
アルファ、と口の中でつぶやいてみてから、それがすごく優秀な性別だと知っていたからぼくは思わず笑顔になる。
「やっぱりさすがですね、ディオは!」
「喜ぶようなことじゃあない!」
「どうして……?」
「おれがアルファだと分かった途端、ベータだった義理の兄共を差し置いてブランドー家の跡取りに決定だ! やったな! これで成り上がりだが、所詮ひとをその利用価値でしか見ない連中が無限に群がって取り入ってくる! うんざりだ! あの連中がその程度だと分かっていても顔も見たくない!」
そう叫ばれて、混乱した。ディオがずっとブランドーの家で苦労していたのは知っていたから、とにかく上に行けたならいいことなのかな、なんてぼくは簡単に思ってしまうけれど、たぶん子どもだから分からないことがたくさんあって。
「ねぇディオ、サッカーしましょうってば。ぼくと二人ですけど」
「だから!」
「ぼくには別にブランドーの家のこともアルファも関係ないし」
そう、やっぱりこどもだから簡単に、単純に考えて言ったら、ディオに急に抱きしめられた。
「馬鹿だな、花京院は」
「泣かないでください、こんなことで」
*
「ディオ……また、泣いているのか」
夕食を食べている途中、悲鳴を上げて意識を失った花京院のバイタルは正常。昏睡というよりは睡眠状態と言える彼の、点滴に繋がれていない右手を握っていたら、夢を見ているように薄っすらとだけ開いた瞳がこちらを見た。
「花京院、意識、が」
「泣かないでください、こんなことで」
すっと一瞬指が私の頬を掠めて、彼はまたゆっくり眠りに落ちていく。
「なあ、お前はあの日の夢を見ているのか」
ならもうやめてくれ。
思い出さずともいいから、今はただ。
「目を覚ましてくれ」
*
第二の性の検査で自分がオメガだったことには失望したが、それ以上に両親に申し訳なかった。あれこれと調べてくれて、簡単には頸を噛まれないようにロック式の高いチョーカーを買ってくれて。
「大丈夫だから」
なるべく心配させないように笑ってみせて、それに一昔前と違って偏見や蔑視のかなり改善された世の中だし、医療も薬も発達しているし、と仕入れた付け焼刃の知識で両親を安心させようと頑張ったけれど、ぼく自身も辛かったのは事実でもあって。
友達はみんなベータ。
だから何となく遠巻きにされた。隠れて泣くのにも疲れて、偏見がないなんてうそだなー、なんて辛いのを冷めた感じに誤魔化していたある日に、家のインターホンが鳴った。
「典明ー、お友達ー」
久しぶりに聞いた母の明るい声に、友達なんていなくなったよ、と冷めた声で答えようとしたら、玄関からなんだかキラキラした気配がして駆け出していた。
「ディオ?」
「待たせるな、行くぞ」
「でも……」
嬉しかったのに頸のチョーカーに手をやってしまう。ディオがこんなオメガと歩いていたら、きっと迷惑になるから、だから、と思っていたら、叱るように言われた。
「貴様は私がアルファでも関係ないと言ったのに、この私が貴様がオメガごときで気にするとでも思ったのか? 友くらい自分で選べる」
きっぱり言われて頬が熱くなった。そのうえなんだか嬉しくて泣いてしまって。
それから、一緒にたくさんあそんで、それで……
*
「あっ!」
「なんだァ? 相変わらずノロいな花京い、ッ!」
なに、これ、ディオ?
くらくらする。
すごく、ディオから、いい匂いして、ふらふらする。
「花京院、お前!」
ディオが、なにか言ってる。あ、そっか、二人で遊んでて……?
そうぼんやりしていたら、ディオに肩で担がれるように家に連れ帰られて、そのまま部屋まで運ばれた。両親はまだ仕事で鍵はぼくの使ったみたい。
「薬……どこだ、準備はしているだろう!」
強く言われて、ああ、発情期ってやつが来ちゃったんだ、と覚った。
「机のひきだし」
小さく言ったらディオが見つけてくれて、そのまま飲ませてくれた。効くの、どのくらいかなぁってほど熱いのと、それからディオの額に汗が浮いているのが見えた。
そうして何より、自分の中の浅ましい欲が、今すぐ目の前のディオに、アルファに、犯して欲しいと願っていて、そうやって誘っているんだと気が付いたら虚しくて、悔しかった。
「オ、イ!? やめろッ!」
悔しくて、止めたくて、唇を噛んで、腕を噛んで、顔に、首を爪を立てて欲望を止めようとしたらディオに掴まれて抱き留められる。
「近づかないでください、今はもうきみを狂わせる、そういう下劣なオメガだから、だから!」
必死に言ったらディオに血が出ている唇を舐め取られて口付けられた。それから傷をゆっくり撫でられる。
なんで?
ぼくは君のこと苦しめるだけで。
「なあ、花京院。私は運命の番なんて都合のいいものは幻想だと思っていた」
「……は?」
「だがな、私を……俺を特別扱いも恐れもせずにずっと接してくれたお前が目の前までこうなったのは偶然ではないだろうよ」
「ディオ?」
そう言って彼はゆっくり頸のチョーカーを撫でる。
「今はまだ、まだだ。忘れてもいい。だがお前は私のものだ、いいな。必ず迎えに行く、約束出来るな?」
「約束?」
薬が効いてきたのか眠たくなってきた。
「そうだ。貴様は私のものだ」
「……はい、ぼくはディオのです」
薬じゃない。ディオの甘い香りのせいな気がするそれに酔うようにぼくは頷いた。
そこで夢が覚めた
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