「んっ……」

 口づけに夢中になるように小さく鳴いて、目を閉じたままで舌の動きに合わせようとしたからか、にじんでいた涙をぬぐってやってから、典明が目を閉じていたのをいいことにその赤くなって涙目の顔を眺めてやる。

「あっ……んっ、ん?」
「上手だ」

 そう言って唇を離してべろりとなめてやれば、口づけだけだというのにぽやぽやと赤くなった顔で嬉しそうにこちらを見返すのがたまらなく支配欲と庇護欲をそそるのだから、やはりこちらを惑わすだけの魅力と才能があるな、と先ほどのことを含めて改めて納得した。

『分からせてやるように努める』

 そう口にして口づけたときにこちらを見返した顔は、見とれているのに泣き出しそうで必死なくせにすぐにも逃げ出しそうで、ああ、今すぐにでも繋いでおかないと、とも。
 すぐにでも繋いで、籠に入れておかないと。これは我儘だからまたどこかに行ってしまうかもしれない。

「すぐにでも分からせてやらないと」
「え?」
「ああ、だがゆっくりな?」

 不思議そうに、まだ不安そうに、それなのに期待するように見つめてきた彼の頬から首筋に触れれば、体がぴくりと跳ねた。

「あ、の……!」
「まだ気分が悪いならやめておくか?」
「そう、じゃ、なくて……」

 焦ったように、恥ずかしがるように真っ赤になって、それでも噛み痕に触れられれば教え込んだ感覚からは逃れられれないのだろう。そのまま真っ赤になって震えだすのが愛らしい。

「んっ……君が、やりたいなら、いいけど……」

 真っ赤になったままうつむきながら小さな声で言ったそれは、責任の所在をこちらに預けているように見えて、その実、その実権すべてを投げ寄越していることに気が付いていないのだから、可愛らしいし笑い出したくもなるが、それはこいつが手中にいるからだと思えばそれはそれで怖いな、と改めて考えてしまう。

「お前は分かっていないことが多すぎる」
「え?」

 そう不思議そうに言った典明の首元の痕に口づけて、軽く歯を立ててれば、驚いたように強張った体と、それからトンと肩を叩かれて、それがやめてほしいという意味だとは分かったが、そうしてはやらずに痕がつく程度には軽く傷をつけて、そのままその傷跡をなめてやった。

「ぁ……なに?……ひぅっ!?」
「どうした? ただのキスマークだろ? 気持ちいいのか?」
「なっ、やめっ、んぁっ!?」

 腕の中で気持ちよさそうに鳴いて逃げようとする典明を抱え直して、そのままゆっくりベッドに押し倒す。そうしてもう一度首元をなめて、指でなぞってやれば、驚いたように、怖がるようにこちらを見上げながらも、その瞳が欲に濡れているのがたまらない。

「ディオ、あの」
「分かっていない。やりたい? その程度だと思っているのか?」
「は?」
「欲情している。今すぐ犯したい」
「なっ!? 何言ってるんだ君は!?」

 そう真っ赤になった顔で言っても、やはり欲に濡れてこちらを求めたままの顔では説得力がないな、と思いながら押し倒した彼の手を取って、見せつけるようにその指先から順繰りに口づける。

「やめっ!?」
「なあ、お前は違うのか? 私に欲情することはないのか?」
「あっ……んぅっ……」

 指から手のひら、手首の脈を測るあたりに口づけながら目配せすれば、どんどん理性や作っていた壁が崩れるように落ちてくる。ほら、こんなにも溶けていく。

「まって、ください……」
「ン?」

 もういつも通りにそれで、と思ったが、そこで止めるように言われてやっと今回の発端、それに自分自身の浅慮と、それから彼自身が必死になっていることを思い出す。

「……すまん」
「君が素直に謝ると、怖いな」

 少し困ったように笑って言われたが、このうえ不安にさせたかと思うとそうも言っていられないと押し倒したそのまま抱きしめれば、抱きしめ返しながらこちらにくっついて、すりすりと寄ってくるのはもう本当にくせなのだろう。愛らしいし安心できるからいいのだが。

「それに、謝るべきはぼくだ」
「そうではない」
「そうですよ。ディオが好きだからではあるけれど、不安になってあんなに薬を飲んで……周りに心配どころか、迷惑までかけたのに、本当はこんなふうにしていたらいけない」

 こちらの手を取ってそう言う彼の素直さや健気さが、昔から愛おしく、それをどうしても手に入れたくて、そうして彼もそう思っていた結果が抑制剤の過剰摂取なのだとしたら、私以外の誰の目にも触れないように必死に隠れようとしていたのだとしたら、それはあまりにもいじましい。
 そうして同時にあまりにも。

「辛かったし怖かったな」
「だから、そうではなくて!」

 言い募ろうとした典明を抱き込んで、そのまま一緒に横になる。すぐそこにある真っ赤になりながらも困ったような顔と、その甘い香りが今はここにあるのだと思えば嬉しいが、必死になっていたことを考えれば、先ほどまでのやり方は早計だった。

「ずっと、あの時からずっと私以外目に入っていなかったんだろう? 私以外に見つかりたくなかったんだろう?」
「そう、だけど……」
「ならとても怖かっただろう」
「だけど、聞いてほしいのは……別にディオをアルファとして選んで、どうしても番にしてほしくて、そのために貞操守ってた、とかそういう可愛い理由じゃあないってことは……その……」
「『だけど』じゃあなく、『だから』だろ」
「っ……」

 そう不安げに言ってきた花京院の唇をふさぐ。典明、花京院……どちらでもいい。どちらも、どの時も、私のものだ。
 艶やかで甘い吐息を吸い込んでやって、それでも昔のままのように優しく頭を撫でたら、もう何度も体を重ねたか分からないというのにどこか照れたようなのはその撫でられた動きが情事と違うことが分かっていたからだろう。

「私がアルファだからと態度を変えずに、友のままで何も変わらずにいてくれたのはお前だろう? だから迎えに行くと約束したのに、待たせたな」
「そんなことありません。ディオはそういう約束は守ると分かっていたから待てたんだ」

 そう嬉しそうに言われたから、その柔らかな赤い髪を撫でてやって、それから。それでもその素直で可愛らしい姿を私の色で染めてやりたいと思うのも当然のことのように思えるほどになってしまうのは、典明がこうやって素直で従順なのと、その反面で。

「ちょっと、待て! だ、からっ!」
「この雰囲気で待てはないだろう? 逆に燃えるぞ?」
「っ〜〜! 情緒とかないのかッ!」
「むしろ情緒があるだろう、こういう会話から濡れ場なんて定番だろうが」

 その反面でこうやって抵抗してくるのも嬉しくて仕方がない。ただ従うのではなく、ただ素直なのではなく、当たり前に接してくるのが嬉しいのと、そうして歪んでいるのは承知の上だが、そうやって。

「それにお前も知っているだろうに」
「ひうっ、まって、まだっ」
「私のことを忘れてしまって、ほかのアルファやベータと友人になっていたり、それでも薬を大量に飲んでいたり」
「ちが、まって、あやまるからぁ……!」

 必死に言うくせに、こちらの手の動きに合わせるように息が上がって、融けたような眼の色は欲に濡れていて。それでヤる気はないとどう説明するというのだ?

「そうやって反抗してくるお前をこうやって躾け直すのが私は楽しくて仕方がないんだ」

 そう見つめて言って笑ってやれば、怯えたように、それでもどこか期待するように息をのんだ典明に笑う。

「安心しろよ。今日は優しく、どこからどこまでお前が私のものか分かるように教えてやるだけだ」

 その全部が私のものだと告げずとも分かっているはずなんだがなァ?





「んっ……」
「まずは髪も唇も」

 ゆっくり口づけながら髪をなでる。相変わらず猫毛というか、ふわふわしていて、日本には珍しいんじゃあないかという髪色のそれは撫で心地がいい。
 撫でたり指に絡めてみたり、梳いてやったりすれば恥ずかしがるのを楽しみつつ、口にも角度を変えて何度も軽く口づけてやる。

「誰が触れているか分かるか?」
「ディオ」

 とろんと答えた典明を褒めるように、髪からゆっくりと指を滑らせて額や目のあたり、頬や唇に触れていく。

「分かるだろう? お前に触れていいのは私だけだし、実際に触れているのも私だけだ」
「はい」

 そう安心しきったようにうなずいて手のひらに頬を寄せてくるそれを殊更に触れて、頬に口づけてみれば、欲に融けたようにぼんやりしながらもそこに手を伸ばそうとするからそのまま引いてやる。

「そうだ。それに私に触れていいのもお前だけだ」
「ほんとう?」
「お前に嘘はつかない」

 そう言えば嬉しそうに笑った顔が愛らしい。そうしてもっとくっついてくるのだからどうしたって手放したくはなくなるな。

「んっ?」
「首。感じるだろ?」
「っ……んぁっ、まって、ちがっ」
「違わない」

 ぽやぽやした顔のままでも可愛らしいが、先を続けさせてもらおうと手繰り寄せられた手を首筋に添えて、噛み痕のあたりを撫でてやればぴくぴくと震える体の欲をさらに煽るように耳許で言ってやる。

「私と契った証だろう? 気持ちよくはないのか?」
「あっ……んぁっ!」

 べろりとそこをなめてやれば、燻っていたものに火がともっていくように、まだ赤面して理性で抵抗しながらも蕩けていく声や瞳がたまらない。

「どうした? そうでもないか?」
「んっ、ぁっ……ふぁっ……」
「聞いているんだ、答えてくれないか?」

 意地が悪いと分かりながら、そう言ってその噛み痕を撫でながらするするとシャツも肌着も脱がせていく。軽く胸のあたりに触れたところで、根負けしたのか意地が折れたのか、ぱたんとベッドに落ちていきかけた体を支えれば、荒い息をつきながら小さく言われた。

「気持ちいいです。分かってるくせに……」
「正直でよろしい」
「意地悪」
「そんなことを言われて嫌われてはたまらないな。許してもらえるようにうんとよくしてやるか」
「っ!? そうじゃ、なくてっ! っんぁっ!?」
「ここに触れているのも私だ。分かるな?」
「んっ……わか、る……ぁっ……」

 羞恥心からか抵抗しようとする考えを遮るように、体の線に沿わせて指を滑らせていき、胸や細くなる腰のラインに触れて欲をあおるように愛撫してやれば、それで甘い声を出すのにその中で『分かる』と確かに答えるのがやはり愛らしい。

「なァ? お前は誰のものだ?」
「ひぁっ……あっ……」
「ここに触れていいのは? こうやって可愛がってやるのは?」
「んぁっ、やっ、そこ、やめっ!」

 そうあえかな声を出す典明を焦らすように腰と太ももあたりに触れながら問えば、押し倒している私から見れば小さな体が震えて、それからぼんやりとした瞳がこちらを見返す。

「ぁ……でぃおの、らから、わかってる、から」

 甘い声で小さく言われたその返答に満足して喉の奥で笑った。

「よく分かっている。なら褒美をやらんとな」
「んみっ!?」
「相変わらず猫のようだなァ……」
「あっ、あっ、まって、イっちゃ……!」

 体に触れていただけだというのにずいぶん感度がいい私の伴侶の、もう充分昂って硬くなっていたそこを軽く扱いてやれば、快楽を逃がすように身をよじるから、それをさせないように軽く足を抑えて広げさせて、そのまま刺激してやるが、さすがにこのままでは面白みがないな、と根元を握ってやれば荒い息遣いがした。

「まって、も……あ……イかせ、て……んぁっ……」
「イきそうなんだろ? いいぞ?」
「っ、まって、やめ!?」
「なにを? 愛している、典明」
「!? あっ、イって、ぅあっ、やらっ、だめ、だってば、みみ、すき、でぃお、すき」

 手を緩めると同時にいつも通りに耳許で言ってやれば、これがトリガーになっている彼はそのまま白濁を撒いた。ただ射精したというよりも、耳も一緒に犯されているような感覚になるらしく、そのあとの絶頂の感覚が止まらなくなるとかなんとか。見ていて可愛らしい以外にないからやらないという選択肢はないのだが。

「やらぁ……らから、やだって、いってるのに」
「なぜだ? 嘘などついていないだろう?」

 達したからかくたりと力が抜けてしまったあとに文句をつけてくるが、そのまま軽く片脚を持ち上げてやれば、また小さく呼吸の音がして、愛液に濡れたそこを晒されたことにか、これからやることへの羞恥か期待か、と思えばやはり苛めたくもなる。

「んっ……ぁ……はや、く……」
「なにが?」
「ぁ……」

 ぐち、とこちらのものをそこに宛がうだけにして軽く刺激してやれば、切なげで悩ましげな甘い声と、耐えきれないと訴えてくるような涙の溜まった目でにらまれるのだが、それにしたって欲を煽るだけだと分かっているのかいないのか。

「いじわる」
「負担がかかると悪いから、ゆっくりやってやろうかと」

 適当を言えばやはり泣きそうな目でこちらを見る顔がどうしようもなく嗜虐心をそそるのは、もともとの性分だろう……どちらとは言わないが。

「らから」
「と、思ったが」
「ひっ!? あっ、まって、イっちゃ、ぁっ!」
「気が変わった。楽しませろ」
「うぁっ、まって、イってる、ぁっ……おく、だめ、いっきには、だめ!」

 油断していたような典明のそこを一気に奥まで暴いて押し込んで、そのまま子宮口まで犯してやれば、求めてはいただろうが急な刺激に追いつけないというようにこちらにすがるように抱き着いてきた体をそのまま抱き込んで、中を蹂躙したまま覆いかぶさるように口づければ、必死にこたえようとするその口元から甘い吐息がこぼれた。

「あっ、おく、あつい……」
「いやか?」
「すき……あっ、んっ、でぃお、だけ」

 そう言われて思わず笑ってしまうのも仕方がないだろう。気持ちがいいと好きというのも癖のようなものだが、私だけだとここで言うのだから、独占していると実感できる。そうやってこちらを引き寄せようとする彼を抱きながら、やはり不安だったのだな、と訳もなく思った。

「触れているのは? お前の中にいるのは?」
「ディオ、だけらから、でぃおいがい、だめ」
「そうだ。私以外お前に触れないし、お前以外は私に触れない。そういう『約束』だろう?」

 そう言ったら手を伸ばされたから、抱き留めていた体を少し緩めてこちらも手を伸ばして指を絡めてみた。

「変わらない、君は」
「ン?」
「ぼくも、不安ですけど、ディオも……」
「……そうだな」

 逃げた訳でも、怯えた訳でもなく、ただあの日からずっと待っていた彼に、迎えに来るなどという不定形の約束を忘れることができないままにいてくれたことに、安堵しているのはどちらだろう。

「どうしたって思い出させる気だったがな」
「んぁっ!? きゅうに、はっ、まって」
「待て? 私に言ってるのか? そんなこと言ってもお前も好きだろう、こうされるの」
「おく、あっ、まって、ちがっ、ぁ……」

 ごちゅ、と奥に当ててやれば大きく跳ねた体を指を絡めたそのままベッドに縫い付けて、何度も奥を叩いてやってみれば、吸い付いてくるそこに合わせるように甘えるように絡みつく胎内と、そうして蕩けていく顔に、甘い声。

「どうした?」
「すき……あっ、も、ずっと」
「ずっと?」

 聞き返したが首を横に振られる。好き、と小さく付け足されたが、そのあとは甘い声ばかりで、軽く口づけてみれば、声をふさいでほしいのかいつもより積極的に舌を絡めてくるあたり、これは、と思いながら奥まで犯しつくしながら唇を離して言ってみる。

「ああ、ずっとイっているのか?」
「っ! ちが、わ、ない、けど!」
「お前は微妙なところで嘘がつけないな、可愛いからつかなくていいが」
「ひぅっ!?」

 こちらもずいぶん楽しませてもらったしな、ともう一度当てれば、締め付けが強くなった。ずっと達しているというのもしつけの成果かこいつの才能か分からんな。

「悪い、ナカに出してもいいか?」
「ん? なんで? なかにちょうだい?」
「お前、頼むから普段の言葉は選べよ?」
「?」

 不思議そうにしているが、先ほど馬鹿みたいに飲んだ抑制剤は避妊薬を含むというだけで普段は生でやってないだろうが、と無駄に冷静な思考回路になりかけているのは既に射精しているようなものだからか、と思ったその時にはポヤポヤしている典明が手許にいて、本気で何も考えずに中に出していたな、と快楽というか典明に負けたような気分になりながら考えながら自身を抜いたらふわふわ言われる。

「すき、ディオ、すき」
「……」
「? すきだと、困る?」
「……いっそのこと大学辞めさせるか」
「?」