その後1


「で」
「いや、問い詰めんなよ……」

 空条家っていつ来てもでけえなあ……日本家屋ってやつあんま慣れねえけども、承太郎もハーフではあるんだよなあ、と思いながら畳の上で正座して縮こまっている花京院の首許を見遣るが、それだけ見れば十分だろう、と何度か言っても聞かないあたりは心配性の承太郎だから仕方がないか、とも思う。

「だから、その……そういう、ことで」
「どういうことだ」
「いや、お前はこいつの親か何かか……」

 今は冬の初めだが、いつもなら夏でもハイネックの服を着込んでいる花京院だが、今日は普通のカッターシャツにジャケットで、むしろそちらの方が気になる。いや、首を隠していない、という意味ではなくてだな。

「つーかお前さ、そんなジャケット持ってたか? ジャケット着てることもあった気がするが、今のそれはなんか趣味と違うとかじゃなくて、言い方悪いがよ、高いやつじゃねえの? あんまりお前着ない感じかなーって」
「やっぱり絶望的に似合ってないか、分かるよな、そうだよね、ハハ」
「いや、んなこと言ってねぇし普通に似合ってるってか、そういう恰好似合うんだなって感心してんだよ」

 なんか情緒不安定になってないか? 大丈夫かこいつ? 話を逸らそうと思って服の話題にしてみたが、それはそれで何か踏んじまったか? と思っていたら、今度こそ承太郎が大きく溜息をついた。

「どうせディオの趣味だろ。見りゃ分かるぜ。金掛かっててアイツの好きそうな服だよ」
「ちがっ、違わないけども! そういう言い方するな!」

 承太郎が面倒そうにそう言ったら、珍しく声を荒げた花京院に驚いたが、承太郎も驚いたようだ。

「別に無理やり着せられてる訳じゃあないし、ディオがそういう成金趣味みたいな言い方するな! 確かにぼくには似合ってないだろうけど、首隠そうとしてたら怒ってくれて、だから用意してくれたものだから、ぼくに文句つけるのはいいけど、ディオに対してまでそういう言い方はやめてくれ」

 それに承太郎がぽかんとしていた。おれも驚きを通り越して感心してしまう。確かに花京院が感情をあらわにすることはよくある。怒っているのなんてしょっちゅうだ。だが、こうやって自分の言いたいことをはっきり口にする、というか誤魔化したり、皮肉にしたりせずにストレートに形にするのはかなり珍しいことに思えたからだった。
 それが彼の元々の性格なのか、それとも今までの人生とかいうものが関わっているのかは分からないが、少なくともいろいろなものを控えるというよりは『誤魔化して』いるように思えていたのは本当だったから。

「言おうと思えば言えるんじゃねえかよ」
「……は?」

 そう言ってから訳が分からないというようにしている花京院を後目に、承太郎が額に手を当て、顔を伏せて笑う。緩んだ顔を見られたくないのだろう、相変わらずそういう妙な羞恥心があるねえ、この男は。

「なに?」
「いや、別に? 似合ってると思っただけだ」
「はあ!?」

 笑っているのが許せないのか、先程までちんまりと縮こまっていたのに承太郎を問い詰めようとしている花京院の肩を叩いて言ってみた。

「まあいいじゃないのよ花京院君、おれらはおまえに運命の相手が見つかったのに最初に知らせてもらえなくてショック受けてるだけなんだからさぁ」
「え、意味不明でキモチワルイんだけど!?」
「そんなんじゃねぇ!」

 がつんと承太郎と花京院両方に殴られたが、まあそれもいいんじゃねえの、もう。





「で。改めてなんだが、ブランドー家の現当主……ディオ・ブランドーが番になったと」
「う、ん、まあ」

 改めて花京院に言われて、ジョナサンに聞いちゃあいたんだが、と思いながらもコイツが大量の薬を飲んでとっとと逃げてからそんなことになっていたとは、と思うといろいろと頭が痛い。いや、頭が痛い原因は他にもいろいろとあるのだが。

「しっかし、ブランドー社っていやあ、あの製薬会社だろ? ついでにイギリスの方じゃ財閥……財閥ってのは確か今は日本じゃもうないのか? いや、承太郎んとこも元をただせば海外の財閥だろうがよ。その辺とか大丈夫なのか、親御さんにちゃんと言った?」

 ポルナレフの問い掛けに花京院がプルプル震え出す。

「あ、の……二人に報告もしたかったんだが、それ以上にそういう、相談もあって、今日来たんだけども……」

 切羽詰まったような花京院の言葉にやはり頭が痛くなる。ジョナサンとジョセフに聞いた限りでは大丈夫だと思うんだが、友人として一応、本当に一応訊いておかねえとならんのか、これ?

「一応確認だ。確認と言っても本当に一応だからな」
「うん」

 念押しして既に青ざめている花京院に言う。

「……合意だよな?」
「おいばかやめろやめてください」

 ポルナレフが何か呪文のように言ってきたが、その確認をしたら真っ青になっていた花京院が今度は真っ赤になる。忙しいな……。

「当たり前だろ!? て、ていうかそれはちゃんと伝えたよな!? それもあって困ってて!」
「「ハァァァァァァァ……」」

 ポルナレフと深い溜息が重なったのは仕方がないだろう。コイツ、よく分からないところで自信がなかったり、突然自己犠牲出してきたりするから(オメガの特性というのを除いても異常なほどだ、花京院の場合は)、不安になるのは本当に仕方がない。

「な、なに? なんで溜息つかれてるんだ!? だから、その!」
「いや、一旦落ち着け。分かったから。順を追って説明して、何に困っているのか言ってみろ」

 そう言えば赤くなったままの花京院が俯いて話し始めた。





 何と言えばいいのか……ディオとは幼馴染っていうか、年上の兄みたいな存在だったんだよ。
 なんで近所にいたのかっていうと、ブランドーの家のこととかは詳しくは知らなかったんだが、その、承太郎は知ってるかもしれないが、ディオ自身はあんまりあの家の中じゃあ地位が高い方じゃなかっただろ? それもあって義理のご両親の職場が日本だったみたいなんだな、うちの近く。で、なんか遊んでいたというかそういう。
 そんなことをしているうちにディオがアルファだって分かってさ、ぼくはよく分かっていなかったんだが、本人が言うにはあの頃のブランドー家ってだいぶ……あんまりこういう言い方はしたくないが、血統という意味では良くなかったらしい。一族からアルファが生まれることが稀で、財閥や会社の上層部のアルファが血統以外になっていることが多くて、その時のご当主、ディオのおじいさんだな、もう亡くなってるが、その人がアルファだったくらいだそうで、かなり喜ばれたんだってさ。
 義理の兄弟やら同年代の親戚やらもみんなベータで、結局ディオに家督を譲るってことにまとまって、その後は散々だったらしい。
 彼自身はご両親ともども厄介払いみたいに日本に飛ばされたとか、だいぶ思うところがあったのが、急に掌返されて、それどころか将来のことで群がられて、ほんとは実力で一族の中でのし上がるつもりだったのがそんな形で、っていうのもあって相当苛立っていたようだけれど……。
 でもそういうのぼくは全然分かんなくてさ、子供だったから。それがディオは気に入っていたというか、周りにそういうのがいなくて面白かったみたいだけど。
 そんなことしてるうちにぼくも検査でオメガだって分かって、流石にディオといたら迷惑になるかなって思ってたんだけど、かまってもらえて。でもまあそう上手くはいかなくて、最初の発情期が来ちゃってね。今と変わらずに症状がかなりひどくて、たまたまディオが居合わせたから何とかはなったんだが、その後になって、治った頃にはディオはもう日本にいないって言われて……。





「あ、これ嫌われた、捨てられた、みたいな感じでディオがいなくなってたことも含めてショックとかそういうので一回目の記憶失くしてたみたいだ」

 さらっと凄いこと言うなコイツ……。だが。

「つーことは、ディオのやつとは昔から知り合いで、お前がオメガだってことも知ってたと」
「……うん」

 ……ジョナサン曰く、その時点で「ディオは番にすることは決めてたし、彼とも約束してたそうだよ」とか言ってたがそのへんの個人の事情は詳しくは知らんし突っ込まないでおくか。

「ほんとに全然覚えてなかったんだけど、この間……本当に反省してるんだが、抑制剤を大量に飲んだだろう? あれについては、本当に二人に謝らないといけないんだが、その後に、それでも症状が治まらなくて、道で行き倒れていたらディオに拾われて」
「……拾われるか、普通」

 小さく言ったポルナレフを睨んで黙らせる。ディオが東京の郊外に薬剤部門の研究施設兼私邸を持っていた理由はおそらくコイツの捕獲……間違えた、保護が目的だ、と考えたら何重もの意味で頭痛がしたからだった。薬剤、医者、研究施設、日本……追い込み漁かよ……案外一途だな……やり方が間違ってる気がするが……。

「それでいろいろあって思い出して、その結果が……その、ディオと昔約束もしていたし、番になったというか、そういう経緯ですから、合意の上だし、両親も知ってる相手だし、その、ぼくも、幸せ、で、す」

 消え入りそうな声で言った花京院にホッとした。自分に興味がないどころか、生きていることを悲観するなんてのを通り越して人生そのものに興味がないとまで言っても過言ではなさそうだったコイツからそんな言葉が出てくると思わなかったからだった。

「んで? じゃあいいじゃねえか、なんかあんの?」

 その報告に我がことのように嬉しそうにポルナレフが笑って言えば、花京院も笑ったが、その後にまたプルプル震え出す。さっきも思ったが忙しいな……

。 「あ、あのさ……それはいいんだけどさ……さっき相談って言ったよな?」
「ん?」

 そう言って縋る様にこちらを見る花京院がジャケットの裾やら袖やらを摘まんでいる。何となく分かってきたが、そのあたりはこいつにも合わせてやれよ、ディオ……。

「ほら、なんていうの? ぼく、一般家庭の小市民なんだよ。安普請のアパートに住んでた一介の大学生なんだよ、分かる? これ、何て言えばいいのかなあ……ディオと一緒にいるのは嬉しいし幸せなんだけども、なんかこう、自分との落差が激しすぎて、こう……死にそう」
「思い詰めるな!」

 やりかねんぞ、コイツなら!?





「で、要するにディオとの生活というか、生活水準だとか、諸々の感覚の落差に激しく戸惑っているとかそういう」
「そういうで片付けないでくれ、本当に困っているんだ……」

 困り切ったようにそう言う花京院に聞いたところによれば、一週間の発情期と考えてもそれは番の関係もあり二日くらいで収まった、と。それから実家に連絡したりなんだりにも二日くらい。すげえ手際の良さだな、感心するわ、と言いたいところだが、ディオのやつ、花京院の両親にはかなり気に入られてたそうだから……いや、幼少期の経緯を考えれば当たり前か、両親にしてみても、子供の友人との再会でもあったそうだしな。
 問題はその後、ディオの私邸で生活したり、今着ている服やら私物やらを買いに行ったりしたこと、らしい。

「ディオと再会できて、番にもなれて浮かれていたところにはっきりと分からせられた。ぼくとは生きている世界が違い過ぎる。あ、もしかして承太郎もずっとそうでした? 合わせてくれてましたか? ごめんね、こんな虫けらが……」
「やめろ、やめてください」
「敬語になってるぞ、承太郎君」

 ポルナレフに言われたが、死んだような目で笑いながら言う花京院を見ていれば誰でもこうなるだろうよ、と思いながらどうしたもんかと思う。
 ジョナサン経由か、俺も全く知らない仲ではないからディオに連絡取ってみるか? とも思ったが、アイツのことだからそれも含めて言い方は悪いが『飼い馴らす』とか言い出しかねんしな……。それに、だ。

「そうは言っても、お前が正式な番なんだろ、慣れろ」
「無理だ!!」
「んなこと言っても、これから日本の製薬部門でだって、ブランドーの財閥でだって、そもそも一族の何だかんだでだって、お前がパートナーなんだぞ? そういうことなんだから慣れるしかねぇだろ」
「あああああああああああ」
「突然狂うな!」
「そうだよね、こんなのがっていう時点でもう終わりだよね、そもそも番って言ったって単純に相性がいいってだけで性欲処理のなんかそういう道具になってればよくてさ、だからちゃんとした人をディオも見つけた方がいいんだって……」

 笑いながら泣きそうな感じに言い出したコイツ……思った以上に追い詰められてやがる……と思ったが、気後れもここまでくると心配どころの騒ぎじゃねえ、と思っていた時に気が抜けるようなおふくろの声がした。

「承太郎ー、お客様よー」
「あ? 今日は友人が来てるとさっき言っただろうが!」
「ほう、それは私との面会を断れるほど上等な友人か?」

 おふくろの後ろに見えた金髪の美丈夫に、このタイミングは良いのか悪いのか、と俺は痛む頭を押さえた。





「突然お邪魔したのに申し訳ありません」
「いいえー。承太郎も久しぶりにお会いしたのにその態度は良くないわよ?」
「承太郎君は相変わらず元気ですね?」
「やめろ! 気色悪い! 黙れ! 近づくな!」

 ホリィさんと和やかに話しているのはニュースとかなんかで見たことがある、ブランドー社の社長さん……要するにさっきまで話題に上っていた花京院のパートナーなワケだが、実物見ると思ったより若いな。兄貴みたいにって花京院が言ってたからそりゃそうか、とか現実逃避していたらホリィさんがお茶置いて笑顔で部屋を出た途端、滅茶苦茶邪悪な笑顔になった……怖い。

「なんでここにいるの、今日しごと……なんでいるの!? なんで、なんでなんで!?」

 それ以前から半狂乱の花京院に盾にされているが、正直やめてほしいです。承太郎と睨み合っているように見えて、実際のところこれ、花京院しか目に入っていないのがすぐに分かるような態度なのなんなんだこの人……。

「貴様が勝手に邸から出たからだが、その先がまさかジョースターの空条家とはなァ? 発情期は終わったと思っていたが、さっそく他のアルファにでも粉を掛けに来たか?」
「ちがっ!?」

 承太郎を見て、それから花京院に笑いながら言えば、俺の後ろで震えながら必死に泣きそうな声で叫んだ花京院とそいつを見比べて承太郎がイライラとため息をついた。

「笑えない冗談はよせ」
「黙れ。私に指図するな」
「指図なんざしてねぇよ。指摘ってやつだ。てめえ、今花京院に対して相当に礼を失することを言ってる自覚はあんのか? それともブランドー家のご当主様は礼儀の一つも御存知ないか?」

 う、うわぁ、よく分かんないけど上流階級ジョークなんだろうねこれ? ジョークであってくれ、頼む、巻き込まれたくない……が。
 巻き込まれたくはないが、それにしたって俺の後ろでその二人の剣幕、というか主にはパートナーであるディオ・ブランドーの態度や言動に怯え切って震えるどころか、堪え切れずに泣き出してしまって頽れるように縋ってきている友人のことを考えれば、ジョークでもなんでもいいが今は承太郎の方を応援しますかね。

「私のものに口を出すとは良い度胸だな、空条承太郎」
「俺どころか俺の友人である花京院典明に礼の一つも取れないとは、本当に礼儀知らずとみえる」
「どちらが。礼を語るならば軽々しく私の伴侶の名を口にするな」
「伴侶だァ? なら少しは弁えろ。テメェ、今、花京院に対して自分が何言ったか分かってんのか?」

 その承太郎の言葉にびくびくと花京院が震えてしがみついてくる。目の前の二人の言い合いが怖い、というよりは、承太郎が指摘したそれを言われるのが怖いのだろう。
 ……そりゃあそうだろう。
 あんなに番が出来たのだと、本当に慕っているのだと幸せそうに語っていた相手に、それでも気後れしてどうしたらいいのか悩んでいたところに、突然本人からあんなふうに言われたら誰だって嫌だろうし、怖いだろう。
 そうしてもしも相手がそれを本気で言っていたのなら、さっき花京院本人が言ったように、ただの道具になり下がったような気分にもなる。

「……悪かった」
「ハァ……テメェが素直だとそれはそれで気持ち悪いな」
「黙れ」
「というか謝るなら花京院に謝ってくれや……ほらよ」
「なっ、やめろ、やめてくれ、承太郎!」

 叫びながらバタバタ抵抗する花京院を俺の後ろから猫でも抓むみたいにそいつの前に差し出せば、思ったよりも丁寧な手つきで……とはいっても体格差があるからほとんど捕獲されているように見えるが、ディオ・ブランドーは花京院を抱えて立ち上がる。

「帰るぞ」
「……ごめんなさい」

 腕に収まって、それでも小さな声で泣きながら言った花京院に不安になったが、安心させるように口付けたお相手を見てまあ何とかなるのかねえ、なんて思ってしまう。

「謝らせたいわけではない」

 なんか声も、承太郎と話してる時と比べると百倍くらい優しいし。





「ま、惚れた腫れたの衝突ってあるわなー、特に付き合い立ては」
「お前が言うと軽く聞こえる」

 空条家から出る二人の背中、というか花京院は抱えられているが、そこを見つつ言ったらかなりの疲労を感じる声で承太郎に言われた。

「大丈夫じゃねえの。花京院も人を見る目はあるし」
「……まあな」