誰かのせいにしたかった訳じゃない。
 そうじゃない。
 誰かに愛されたかった。





「隈、ずいぶんひでぇことになってんなぁ? 旦那様に寝かせてもらえねぇか?」
「いらんこと言わんでください、副長」

 『次』の話のために呼ばれて、さらりと一枚紙を渡されたそれ。そうだとすれば、明日からまた屯所を離れることになるだろう、と思ったが、その内容は思った以上に簡潔で、すぐに殺せというものだった。

「下調べの時間がないんですが」

 だから思わずそう言えば、副長は緋色の瞳でそのまま笑った。

「ああ、下調べやら何やらは永倉が終わらせてる。おまえは斬るだけでいい」
「え……?」

 そこで言葉が出てこなくなる。新八にそんなこと出来るのかよ。
 新八にそんなことさせたのかよ。
 じゃあ、しんぱちが、きれば、いいのに?

「あ、れ……?」
「出来るか?」

 聞かれて咄嗟に呼吸が止まった。ゆっくりと吐き出して頷こうとしたら、副長は笑う。

「まあ、俺としては沖田でも永倉でもいい。斬るだけだからな。藤堂や原田じゃ喚きそうだが、沖田か永倉なら……いや、永倉でもいいか」
「でき、ます」

 しんぱち、は、やめ、て。
 ちがう、しんぱちが、いい。
 しんぱちに、やらせ、た?
 だか、ら、おれ、が、やらない、と。

 新八のせいに出来ない

「あ、れ……?」

 最後に考えた言葉の意味が分からないままに、僕は頷いて副長の部屋を後にした。背中に溜息が聞こえて、ああやっぱり駄目だなと思いながら、だけれど。

「だって、だから、なんで」

 なんで新八にこんなことさせたの。

 ダッテゼンブシンパチノセイニシタイノニ。

「え……?」

 次の記憶は、その下手人を斬った後の血みどろのそこから新八に引き摺られて屯所に帰ったことだった。





「ごめん、ごめん、ごめん」

 泣き喚いて、返り血を拭いてくれる新八の手をただ受け容れていた。
 だって、この血も全部、新八のせいにしたいから、だから僕は斬ったのに。

「なんで、優しく、出来るんだよ」
「俺が調べたから。俺のせいだろ」

 ぬるい温度の手拭いが丁寧に血糊を拭いて、その幼い思考を全て言葉にされて、どうしようもなくなって。

「おまえは悪くない。殺しただけだろ。殺しなんてここでやってねぇ奴の方が珍しいからよ」
「だ、け、ど」
「俺のせいでいいだろ。俺はそれしか渡せない」

 なんで。なんで、なんで? だって、僕が殺したのに。だから、詰っていいのに、だって、副長も言ってた、新八が、僕の良人だから、だから、僕、は。

「だから、俺のせいにしていいんだよ」
「それ、じゃ、新八が」

 全部悪いみたいに、なって。別に、僕がどうでもいいみたいで。

「あ、れ?」

 もしかして、新八のせいにしているだけで、僕は、何かが欲しいわけじゃないのに、誰かに何かを求めているから、何も、得られなくて、だから、もしかして。

「どっか、行くのか?」

 しんぱち、と小さく問い掛けた時に、拭い終わった血と共に、そのまま押し倒された。そのままいつもみたいに、寝られたら、新八の体温が感じられたら少しは何か分かるかな、と思ったのに、彼の手は、僕の、血のせいで脱ぎかけた着物ではなく、そのまま首をゆっくりと絞めた。

「なぁ、俺のせいでいいからよ。いっつもこんなことしてちゃ、おまえだっても嫌だろ」
「は?」

 短い声の後に、ひゅっと息が詰まった。何を言っているか分からない。声が、出ない。呼吸が、出来ない。
 苦しい? くるしくは、ない。
 悲しい? ああ、そうか。けっきょく、しんぱちにとって。

「やめにしようぜ、馬鹿らしい」

 愛されては、いないけれど、愛に似たものを感じることは、出来た微温湯は、思った以上に心地好くて。だ、か、ら。

「ご め ん」

 小さく呟いたつもりのそれは、呼吸の音に紛れたのに、ぱたりと新八は手を緩めて、そのまま溜息をついた。

「俺のせいだよ。もう寝てろ」

 首を絞めて、息を止めて。
 眠るよりも、深く、強く、おぞましく。