ある日のこと

 新八の手がゆっくりと僕の身体を撫でた。熱い、節くれ立った手。その体温に融けるように、身体が作り替えられていくように。

「新八」
「痛かったか?」

 小さく訊かれて、まだ着物も脱いでいないのに、と思ったらおかしくなった。
 可笑しくなって、そうだというのに、どうしても寂しくなった。
 悲しくはない。分かっていたから。

「あいして」

 呼吸の狭間で小さく言った。


 駄目だ、無理だ、無駄だ。


「愛してる、斎藤」


 嘘だ、駄目だ、無駄だ。


「なあ、なんで」
「なあ、なんで、信じてくれねぇの?」

 愛しているのに、と新八に囁かれた。
 ああ、どうして。そんなにも残酷な嘘がつけるのだろう。
 睦言だから、だろうか。
 身体を重ねれば、重ねたから、僕たちは何を手に入れたのだろう?

「好きだから、やめて」

 言葉に新八は手を止めた。止めてくれた。

「寝るか」
「ああ」

 朝が来ないように、もう朝が来なければいいのに。
 こんなにひどくて、こんにに優しい嘘のまま、目覚めなければいいのに。


 だから。


 好きだから、そんな嘘を吐くのはやめろと言ったのは、僕なのだから。


「ああ、そうだな」


 馬鹿みたいに高く広い空。馬鹿みたいに平和なそこで、思い出した日々は遠い。

「日向ぼっこですか、   さん」
「ああ、随分ぼんやりしていましたね。いけないなぁ、仕事仕事」
「まあ今日は天気がいいですからね、しかしふじたさんがそういうのは珍しい」

 え?   さん、ふじたさん、藤田さん。
 ああ、そうか。

「少し昔のことを思い出して、なんてね」