観月譚 壱


「え?伊東センセのとこ、はじめが行くの?」
「あんまり大きな声出さんでくれます?沖田も知らない話なんで」

 副長からの命で、伊東というか御陵衛士と言ったか?そこに間諜として行けと言われて行くことになったそれを永倉さんに伝えたら、思ったよりも驚かれた。いや、まあそうかもしれないけれど。

「ふーん、平助と合わせると隊長二人引き抜いたみたいな形になるじゃん」
「だからだって分かってて言ってますよね、アンタ」
「まあ、ね」

 言葉を濁した永倉さんは、俺から伝えられたのが沖田や原田ではなく自分だということにも間違いなく思い至っているふうで、そういう察しの良さが心から嫌いだ、と思った。

「それさぁ……うーん、なんだろ。土方さん的には平助死ぬ前提じゃんね?」
「……」

 永倉さんに指摘されて、思わず口を噤む。言いたくないというか、指摘されたくなかったというか、なんと言えばいいんだろうと思ったら、言葉が出てこない自分はまだ子供なのだろうと思った。

「しかもはじめ、なんでか俺に話してるし」
「副長が、永倉さんなら話してもいいって」
「いや、一君も分かってるみたいだからそこも突っ込んどくけど、それ俺には話してから行けって意味だよね?あの人の場合」
「……」

 それに俺はまた黙る。そういうことだ。沖田ちゃんじゃなくて、永倉さんでもなくて、俺で、確かに間諜には向いているかもしれないが、永倉さんに話して良いというよりは、詰まるところ永倉さんに話して行けという意味だと知っていた。

「えー、めんどくせ。じゃあ伊東センセ引っ掛けるの、俺がやれってか?」
「……そうなるんじゃないですか、知りませんけど」
「そんで、魁先生もついでだから殺しなさいと」
「……知らね」

 俺を経由して、というのがどこまでも副長というか土方さんの本気だ、と思ってしまったら、本当なら伊東のところに行くのも断りたかった。だってそんなの。

「俺は土方さんを裏切りませんよ、ほんとうに。だけど」
「だから土方さんなりに慮ってくれたんでしょ、平助を自分で手に掛ける必要はないって。ま、それではじめが一番嫌いな俺に回すあたり若干の底意地の悪さは相変わらずあの人ある気がするけども」

 だって、とか、でも、とかいろいろな言葉が土方さんの前でも、永倉さんの前でも零れそうになるのを必死にこらえた。必死にこらえて、必死に……なんだろう。

「平助、死ぬの?」

 子供のようにそう聞いたら、永倉さんは文机に肘をついて少し開いた障子戸から空を見上げた。もう暗いその空には、くっきりと月が出ていて、その月明りのせいで星は見えない。

「はじめと平助は歳、同じくらいだしなぁ……」

 そう言って永倉さんは溜息をつく。視線は月の出ている空から外れない。

「いつも通り、俺を恨めばいいんじゃないの?どーせはじめは土方さん恨めないし、ついでにあんま引き摺ると平助に恨まれるって落ち込むだけじゃん、おまえの場合」

 その言葉は、もう最初から土方さんも、永倉さんも、伊東だけじゃなくて平助も殺すつもりでいるんだと、当たり前のことのように告げていて、それをこちらを一瞥もせずに言う永倉さんがどうしようもなく遠かった。

「……こっち見ろよ」
「んー?」
「せめて、月じゃなくて俺見て言えよ、平助斬るって」
「……馬鹿らし」

 俺が泣きながら言ったそれに、永倉さんは一言言ってやっぱりこちらを見はしなかった。
 月が出ていた。