「馬鹿らし」

 平助と一が伊東センセのとこに行って、何だかんだどのくらい経ったかと考えてみる。
 あの日、一がわざわざ俺の部屋まで来て、そのことを言って『平助が死ぬのか』ということを訊いてきた夜は月が出ていた。

「ふぅん」

 そうして、春先に一から送られてきた文を改めて眺めてみる。薩摩と、か。建白書の件もあったが、まあ近藤さんは怒るでしょ、と思ってはいたが、よくもまあ、この雪の時期まで泳がせたもんだ、とも思う。
 京の冬は思うよりも寒い。

「俺だって嫌だよ、本気で」

 雪が降り始めたころに戻った一を眺めながら、特段の声はかけずに、というよりかは左之助に声を掛けていた。こうなることは、一が伊東センセのとこに行った時には分かっていたから。
 それにしたって今日は寒い、と思いながらけっこう適当な足取りで土方さんの部屋に行ってみる。今晩か、と思ったら長かったな、と思いつつ、一はまだふさぎ込んでんのか、それともこの人の命令でも聞いてんのか、と思ったら乾いた笑いが落ちた。

「あのさぁ……」
「なんだ」

 背中で応えた土方さんに、一応、確認として言ってみた。

「平助だけど、俺と左之助は逃がす方向で動くから」
「……知ってる」
「ありゃ?左之助から聞いた?ていうか……昔からの生え抜きだろうと元組長だろうと関係なしに、というよりかは、そういうやつでもいっぺん裏切ったら殺しますよの見せしめが魁先生ですか?」

 俺の言葉に、土方さんは溜息をついてそれから振り返った。

「それがおまえの意見か、永倉」
「別にアンタを責めてるわけじゃない。だがな」

 この流れが確実に亀裂を生む、とも思ったし、何よりも俺と左之助には平助を斬る気がないと俺は言った。言ってみるだけ言ってみた。だがこの人は動じなかった。ということは、だ。

「一に斬らせるワケね。相変わらずお人が好いことで」
「……悪いか?」
「悪かないけど、相変わらずだなって思っただけですよ。じゃ、準備あるんで。しくじらないように頼みます」

 ほんとに一は土方さんに逆らわない、と改めて思った。このことを左之助に伝えても、まあ多分、一は上手くやる。だとすれば……どうなるんだろうと思いながら、雪が降れば月は翳るとぼんやり冷えていく夕暮れに思った。





 伊東の骸を引き取りに来たのは七人。その中に平助がいるかどうかは、丁半博打と変わりがない。変わりがないが、結局来たのが滑稽だ。来るのは分かっていたからだろうと思うが、俺の隣で刀を抜いていた一が珍しく震えていた。他の隊士も震えちゃいたが、それとは明らかに違う。
 大丈夫かと左之助が声を掛けているのがどうしようもなく何も思えなくて、そのままそいつ掴んどけ、と言おうかとも思ったが、そういう訳にもいかなくて。

「平助、俺の横抜けろ!」

 周りにも、その後のことも、委細構わずそう叫んだ次の瞬間、平助から間合いを取って、斬る振りだけして横を逃がそうとした彼の身体に、国重が刺さった。随分震えていて、ああそう、薙げなくて突いた訳ねと思ったら馬鹿馬鹿しい。

「はじ、め、かよ……」
「へ、い、すけ……」
「おまえ、には、理想とか、ないの?」

 最期に振り絞るように呟いた平助にカタカタと震える一を見ていたら、面倒になって空を見上げた。雪が落ちてきて、月は見えない。