テレビ
「あ……」
ひとりの部屋。両親は忙しくて、もう中学生だったが、それもあって兄貴も学校で。
作り置きしてもらった夕飯に、それから味噌汁くらいは僕が作ろうと思って何気なくつけたテレビの向こうに、綺麗な白い髪の女の子がいた。
「年度、変わったからか」
歌ったり、着ぐるみとじゃれたりしているそいつは、まだ大学生くらいに見えて、前のお姉さんはもういないのかな、なんて小学生の頃の自分を思い出したり、無邪気に笑う画面の向こうが羨ましくなったり、して。
『じゃあな、飯はちゃんと食って寝ろよ! またな!』
「いや、口悪いなこいつ……」
『シンパチお姉さんでした』
「いや、名前、男かよ」
多様性? ナニコレでも巨乳だし。
クレジットに流れた『長倉シンパチ』という名前に、だけれど僕はほっとして、どうしてか、泣きたくなっていた。
「ひとりやだ」
やだって言ったって、鍵っ子じゃなくなるワケじゃないけど、だけど。
「シンパチお姉さん……シンパチ……覚えた」
偶然テレビつけただけだけど、だけど。
「またなって言うから、明日も頑張ってやるよ」
*
今日初めて出演した子供向けの夕方の番組のスタジオは、思ったよりも広いし明るい。ここにずっと憧れていたお姉さんがいたんだ、と思いながらエンディングテーマに合わせて手を振っている事務所の同僚を眺めていた。じゃあ今はそのお姉さんはどこにいるんだろう、なんて思ったけれど、その番組を見なくなったのは僕が高校生になったからだって言ったらそれはそれで薄情なのはこっちだろう。
「藤田さんってこういう番組出るんですね」
「沖田お姉さんって子供に怖がられない?」
「いくら事務所同じでも張っ倒しますよ? だって藤田さんというか斎藤さんってバラエティもあんまり出ないのに……」
撮影が終わって、そう少しだけ不思議そうに聞いてきた沖田ちゃんの言う通り、そのお姉さんに憧れて……憧れてっていうよりは、寂しがり屋の鍵っ子だった時に頼れる相手が画面の向こうのお姉さんだけだった、っていうなんかいかにも子供らしい理由で、同じ世界に立ちたいというよりも、そこに行けば会えるんじゃないか、なんていう理由で芸能界に入って、役者やってる自分に、今更のように呆れたような笑いが出た。
だっていうのに、そんなに広い世界じゃない芸能界に入ってみたけれどそこにはその『長倉お姉さん』はいなくって、僕は僕で役者の仕事ばっかりで、こうやってたまたま同じ事務所のアイドルっぽい沖田ちゃんが同じ番組の歌のお姉さんをやっているから依頼を受けてみたそこ。だけれど分かる事なんてやっぱりないのは、じゃあ僕がおかしいんだろうか。
「……あのさ、長倉お姉さんって知らない?」
「え? 永倉さんの?」
「は?」
「あの、事故で、そっか、斎藤さんが入る前に引退してる……それに斎藤さん、ずっと映画と舞台ばっかりの役者さんだし、半分隠蔽だし……」
は? 引退? 隠蔽?
「何言ってんの? あれ? 僕高校行ってる時は知らないし……? 大学入ってから……」
学生時代は劇団とバイトと大学で、だから、事故? 隠蔽? 引退?
本当にちょっとだけ聞いてみたつもりだったそれは、もしかしたらナガクラおねえさんに繋がることかもしれないのに、もしかしたら聞かない方がいいことかもしれない、と思ったのに。でも聞かないときっと後悔するとも知っていて。
「事故だったんです。このスタジオのカメラが倒れて。だけど子供が怖がるからって全部被って引退して……傷、ひどかったのに」
ねえやっぱりそれナガクラおねえさんの話なんだよね?
*
斎藤さん、長倉さんというか永倉さんに会いたくてここに来たなら、なんていうか良かったです。
永倉さんのこと、ちゃんと覚えていてくれて。
でも、私……その、事故で良かったなって。だって、永倉さんの人気、変な方に行っちゃってて、うちの事務所……ミブプロで引き抜いて助けてって私とか藤堂さんは言ったんです、仲良かったですし、お姉さんみたいだったから。
あの、ちっちゃい事務所で急に人気出たから、ばかみたいな売り出し方、実はしてて。歌のお姉さん終わったら、写真集とか、まだ大学卒業したばかりだったのに、だから。
*
「……」
「あ、あの? 俳優、の、ふ、藤田、さん?」
な、なんでこんなスーパーの入口で人気若手俳優に壁ドン? されてんだ俺は。
た、確か沖田たちと同じ事務所って、もう未練はない、けど、こんな顔だし……
「見つけたってか沖田に聞いたんだけど、このスーパーよく来てるって」
「はい? は?」
いや、野菜、野菜買いに来た一般人だから俺は!
「ナガクラおねえさんの歌、好きだった」
え?
「寂しかった、から」
「いや、待て待て待て! 抱きつくな、おまえクソ目立つぞ!?」
あれ俳優の藤田さんじゃない?
え、ごろーちゃんだ!
あああああ、シャッター音とか動画の録画音とかする、ネットに上げられる、ヤバいヤバいヤバい!
「ヤバいから、待て、俺はおまえ知らない!」
「撮らせとけ、藤田五郎、かつての歌のお姉さんと熱愛……悪くねぇな」
ナニコレ、何言ってんだコイツ……
「悪いわ!」
「黙れ」
命令口調で言った俳優さんに口付けられた。終わった、いろいろと。
「あ、あの……」
野菜買って、ネギとか人参玉ねぎとか。そうやってスーパーから出てきたらいなくなってないかなー、と期待したが、表で藤田サンはサインとかしてた。怖いです。
「あ、来た。帰るぞ、シンパチ」
「ひゃいっ!?」
え? あの女の人……
あ、顔に傷! 長倉さん?
引退した人?
「あ、あ……」
「あー、ごめんね? 僕、このコ……新八と付き合ってるの。同じ部屋に帰るとこでさ、雑誌に売ってもネットに上げてもいいけどコイツはあげないよ?」
き、黄色い悲鳴! 若手人気俳優! お、終わった、人生が……これ叩かれて、あああ!
「ってことで帰るぞ。車乗れ」
「あ、の」
流れるように車に乗せられ、マンションに着いて、部屋に上げられて抱き締められた。
「改めてミブプロにいる藤田五郎、本名は斎藤一。ナガクラお姉さんが生きる希望で、ファンだったから会いたくて芸能界入った。だから責任取れ」
なんだ、意味不明すぎるぞこのクソガキ……だけど、さ。
「泣くなよ、ほら、歌ってやろうか?」
「う、ん」
なんか、可愛いなってなっちまって、なんか、付き合ってた。
*
「あの、確認……? そういうのからいいか?」
「……」
ひとしきり、新八を抱き締めて泣いていたら、なんかずっと鼻歌唄って抱き留めてくれていた新八に困ったように言われて、ちゃんと部屋に連れ帰ったのに、と思いながら、不本意ながらもまあ仕方ないか、と思って頷いたら、新八が最初に言ったのはびっくりするようなことだった。
「あの、その……野菜室って空いてるか?」
「……は?」
「いや、今日買ったの! 別に根菜類だから入れなくていいんだけども! ほうれん草一束買っちゃって! だから!」
「……」
生活感というか、なんだろう。もっと言うことあるだろ、いや、無理やり連れてきた僕が言えたことじゃないんだけども。
「絶対明日か今晩からメディアとか来るし、悪いんだけど冷蔵庫、貸してくれ、帰れるまで」
「……帰れると思ってんのか。寄越せ、ほうれん草仕舞ってくる」
「へ?」
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