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 人気若手俳優、流石に俺でも知っている映画とかよく見るし、よく出てるその男は「藤田五郎」。公称のプロフィール通り俺より五歳下だったそいつは、本名を『斎藤一』と名乗った。さいとう、さいとうはじめ……? と思いながら、夕飯作ると言ってキッチンに行ったその男を横目に見ながら思わずスマホで電話をかけていた。

『永倉さんだー!』
「あ、忙しくなかったか? 悪い、メールにしとけばよかった」
『電話が来たってことは斎藤さんに捕まりましたね! ご結婚ですか!?』

 あ、これ間違いなく沖田の知り合いだわ、分かっていたけど沖田に嵌められわ。

「知能指数同じくらいの後輩できて良かったな……」
『なんてこと言うんですか! 斎藤さんは!』

 そう沖田の叫び声が箱の向こうからしたところで不意にスマホを取られた。

「なっ!?」
「沖田ちゃんやめて、その位は自分で言いたい」
『しょうがないですねぇ、沖田お姉さんは優しいから引き下がってあげますよ』
「そうして」

 そう言って当たり前のように通話を終わらせて、ことんと食器を置いたフジタさんこと、斎藤は、じ、自炊できるんだ、とかすげぇ失礼なことを考えてから、ふとそのメニューを見て笑ってしまう。

「へえ! 結構家庭的っていうか和食好きなのか?」

 肉じゃがに味噌汁、それからおかずと白米。これ、なんかファンの子とか見たらギャップで落ちそうだな、と思っていたら、バンッと斎藤が箸を叩きつけてきた……情緒不安定……?

「おまえが!」
「え、俺?」
「肉じゃがの作り方教えてくれたんじゃん!」
「は? ああ、あの子供には難易度高すぎて親向けの料理コーナー? 自分で言うのもアレだが、何だったんだろうなあれ? ターゲットミスりすぎだったよなぁ」
「僕は味噌汁くらいしか作れなかったから頑張って練習したのに、なんだよ! 変なターゲットに媚びやがって!」
「? でも偉いな。ちゃんと飯作れて。少しでも誰かの役に立ったなら良かったぜ!」

 あの肉じゃがのレシピってやっぱり子供には難しいけども、でも斎藤はちゃんと作ってくれてるし、それに。

「あの、さ。他のレシピとか歌とかも覚えてる……か?」
「全部覚えてるよ! おまえがいなかったらわりと真面目に死んでたよ、僕、たぶん中学生で寂しくて死んでたよ!」
「なら、良かった」
「食うぞ。明日僕も仕事休むから。マネージャーさんにはおまえのこと言ってあるし」
「山南先生? 伊東?」
「無駄に詳しいのやめろ! ムカつく!」

 その時気づいておけばよかった。斎藤ってかなり独占欲の強いでかい子供だ、と。
 ……死人が出なくて良かった、と今更のように思う。俺のために人を殺すな、というよりは、暴走するな、というか……





 話を簡単にまとめるなら、だけど。
 斎藤は、彼が中学生の頃に俺の出ていた子供向けの番組を見ていて、ちょうどその頃、鍵っ子で一人っきりだったから寂しかったのもあって俺のことが『好き』だったらしい。憧れというかなんというか。それが動機で役者になったから俺のこと探してたんだと。
 だけども俺は斎藤が高校に入って、そういうのが解消されたっていうかそういうあたりでスタジオで事故に遭っちまって、なし崩しで芸能界も引退してた。顔だって体だって傷だらけだったしな。事故での傷もだけども、照明が熱いから火傷もあったし、人前に出られたもんじゃない。

 ……それで良かった、気もしてるのは、また別の話だけど。

 そういういろいろがあって、結局そういうのを知らずに役者になって若手の中ではかなり人気になって、それでも俺を探していた斎藤は、結局俺が昔出ていた番組にゲスト出演して探してくれて、そうやって結果的に斎藤に見つけ出されて付き合ってるってことになって……今同棲してる……ナニコレ、まとめてみたけどなんか色々順番間違い過ぎてないか?





『この画面を大人と一緒にメモしてくれ! そしたら美味しい肉じゃ作れるぞ!』

 画面の向こうでお姉さんが言った。どうしたって難しすぎるレシピ、大人と一緒に作ることが前提のレシピ。

「だからさ……」

 気づいていなかったから、とか、そういう言い訳はしたくないけれど、本当に、気づいていなかったから。

「ひどい」

 ひどいって、誰が? そう思うのに、酷いのは新八だ、みたいに思ってしまうからきっと駄目なんだ。
 彼女は本当に何も知らないままにうたのお姉さんをやっていて、だから本当なら何も知らないままに芸能界にいて、そうやって、怪我がなければグラビアとか、そっち方面に行っていて。

「だって胸でけぇし……愛嬌あるし。そこだけじゃ、ないけど……」

 だから、そんなの知りたくなかったけど、知っちまったらそんなの、捕まえておかないとまたいつ他の『わるいやつ』に捕まるか分かんない、から。

「ヒーロー気取り、かよ」

 乾いた笑いが落ちた。違う、別にナガクラお姉さんを助けたかった訳じゃない。
 会って一言お礼が言いたくて、それだけだったのに。だけれど、そんな過去を聞いて、そうしてそんなふうになってしまったら、そんなの、助ける訳じゃないのかもしれないけれど、だって。

「何難しい顔してんの? 寝てる?」
「……伊東さんって、永倉新八知ってる?」
「え、永倉君? 何がどうしてそうなったのと言いたいところだけど沖田君が言ってたのマジかー、僕には関わらないでね、嫌な予感しかしないから」
「今僕の部屋にいるんだけど」
「だから! 関わらないでって言ったの聞こえてた!? 日本語ですよこれ!? ああもう、君が暴走気味の馬鹿なの忘れてたよ。永倉君、今何してんの? なんか怪我治ってからは沖田君と違ってよく知らないんだけど」

 伊東に言われてぼんやりと、家に居るだろう新八に会いたい、と思う。僕は仕事だけど。

「今は専業主婦」
「……訊いた僕が馬鹿だったけども、なんで君が知ってんの? ていうか永倉君、まだ結婚してないでしょ?」
「僕が辞めさせたから当たり前だけど知ってる」
「ハァァァァァァァァァァァァァ。盛大に嫌な予感しかしない……何故だろう?」

 そう伊東に言われたが、新八は普通の会社の一般職で、だけれどそういう『わるいやつ』にまた見つかっちゃったらどうなるか分からないと思ったから、すぐに休職させて……まあそこはいろいろ……今は僕の部屋に居てもらっている。なんか朝も夜もご飯作って待っててくれるし、弁当も作ってくれるし、夜も一緒にいてくれるし、たぶんだけど不満はないんじゃないかな。僕の考えだけど。
 交代で僕も夕飯は作るし、あとは。

「ちゃんと籍入れるから別におまえにどうこう言われる必要ないし」

 そう伊東に言ったら、そいつは盛大に顔をしかめた。なんだよ。

「でもさ、それって永倉君が望んだ結果なの?」
「?」
「いや、うん……そりゃあね、いろいろあって怪我して責任取って引退して。実際、事故だって怪我だって永倉君の責任ではないけども。その結果として今は芸能関係じゃない普通の仕事してたとしたら、僕としては良かったなあなんて思っちゃうくらいには妙な人気が加速してたのは事実だよ。グラビア写真集くらいは出たと思うなあ」
「だから!」
「まあエロ方面に売るかは事務所次第だったと思うけども」
「なんでそういうことばっかり、みんな!」
「ま、結果的にそんなことにはならなかったけど、なんていうの? そんな事情も知らないままに、突然やってきた白馬の王子様というよりはクソガキに構ってくれてるのは果たしてなんでだろうね、あの永倉君が? 義務感? 憐み? 誰に対する?」
「誰に対する?」
「そこんとこは流石に自分で考えてね」

 そう言って伊東はコーヒーを飲んだ。面倒そうなのに、どこか寂し気な顔が頭にくるような、気がした。