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 その日の仕事を休みにしてもらって、ていうか事務所に行く以外仕事入ってなかったから出来ることではあるんだけど、車で新八の行きそうなところを探しながら、ふと思った。

「こんなことしていいのかな」

 ていうかそもそも、スーパーだって沖田に教えてもらった。僕は新八がどういうところが好きかも、どういうことを普段しているのかも知らなかった。
 ただ、どうしても会いたかっただけ。

「大人になるって、なに」

 分かんない。本当に。だけれど。

「新八がいなくなるのは、ヤダ」

 そう思ってふとスーパーに立ち寄る。新八がいつも来てるって沖田ちゃんに聞いたとこ。夕方の野菜タイムセールが尋常じゃないほど安いとこ。
 野菜とか、買ってたとこ。

「……あ」

 そっか、新八この店好きだったって聞いたのに、僕は守るって言いながら、逃げられたらどうしようって捕まえて。
 だから。
 店から出てきたのは、どういうタイミングだったんだろう。エコバッグにはきっと野菜が詰まっていて、ネギがはみ出していて。

「さい、と?」

 気が付いたら車から降りて抱き締めていて、びっくりした新八がバッグ落としそうになる前に車に入れて、そうして周りなんてどうでもいいから抱き締めて言っていた。

「ごめん、何にも分かってなくて」
「あの……」
「ごめん、違う、から。ほんとに、好きで、だから新八のこと知っていけたら、嬉しい。ちゃんと、大人になるから」

 大人になんてなりたくなかった。大人になったら、ナガクラお姉さんからも見捨てられるんじゃないかって、思ってた。自分の狭くて辛い世界を救ってくれたナガクラお姉さんからも、大人になっちゃえば卒業みたいに言われるのが怖くて。だから、本当に、大人になんてなりたくなかった。
 だけれど。

「ごめん、何も聞いてなかった。ひどいことばっかりした。新八のこと、何も知らないで好きにしたなんて、そんなの、怪我させた連中とも、売り物にしてた連中とも変わらないのに」

 そうじゃないよというように、だけれど無言のままの新八に撫でられて、苦しいほどに抱き締めたら、新八は静かに言った。

「俺も、ごめんな。嬉しかったんだよ、あんなちょっとの期間なのに知っててくれて、そうやって大好きだって言ってくれて。だから思わず、もう辞めたのに、なんとなく『歌のお姉さん』でもいいのかなって、自分が可愛くてそうやって斎藤のこと利用して」

 そんなことないと叫ぼうとした僕に、新八は静かに言った。

「なあ、歌のお姉さん……ナガクラお姉さんじゃなくてもいいか? 俺も斎藤のこと、映画で見てたのと、一緒に住んでたのくらいしか知らないけど、それでもいいか?」

 優しく言われて、どうしようもなく愛おしくて、気が付いたら口付けていた。そんなふうに触れるだけって、久しぶりな気がした。ずっと既成事実作ってから、僕のものだ、みたいにそういうことばっかりして。だから多分、こんなふうにキスしたのはこのスーパーで初めて会った時。画面越しじゃなくて、初めて会った時だったから。

「好きだよ」

 これからちょっとずつ、知っていくのかもしれないけれど、でも今言えるのは新八のことが好きだってこと。

「じゃあさ、今日いっぱい買っちまって、野菜、冷蔵庫にしまわないとだから、帰ろうぜ」

 帰ろう、って言ってくれた。
 またな、でも、じゃあな、でもなくて、帰ろうって。
 ずっと一人だったから。誰かが待っている家に帰りたかった。
 その待っていてくれたひとが、一緒に帰ろうと言ってくれる。

「それだけで、十分だから」

 だから一緒に、家に帰ろう。

おしまい


おまけ・おえかき