奇妙な出会いから一ヶ月、柳と杏が会うのは、もっぱら初めて会った電柱の下、そうして夜だった。(杏の部屋に入るのはもうなしだと杏が言ったからだ。人に見られたらどうするのか、とか、そんな理由だった)その日は珍しく柳が杏を抱えて飛んで、気が付いたら小さな祠を囲むやはり小さな森の木の上にいた。

「ここどこ?」
「お前の家からそんなに離れてはいない」
「ふうん」
「昔俺を祀っていた祠だ」

 と言っても、特段の思い出などないのだが。鬼神として祀られていた過去など、もう誰も覚えていないだろう。鬼という存在は忘れ去られ、祠だけが残った。だが、山から下りてきた時の休憩場所くらいにはなる。よその神域に入るよりは波風が立たない。彼がここに来るのはそんな理由だった。
 だが杏は、連れてこられた理由が分からない。

「なんでこんなとこに来たの?」
「お前は気が付いていないかもしれないが、俺のことを見ることができる人間は限られているのでな」
「え?」
「道で独りべらべらしゃべっているというのはだいぶいただけないぞ」

 にやっと笑って柳が言うから、杏は驚いたように目を吊り上げた。

「見えていないの?みんな?」
「ああ。だから驚いた」

 うそみたいなことの連続だった。
 いや、彼との出会い自体が嘘みたいなことなのだけれど。
 だけれど、それは彼にとってもそうだったらしい。曰く、百年は誰にも見つからずに下界を眺めていたらしいのだ。

「百年……」
「だからお前が俺を見ることができたのは驚きでな。酔いにまかせて家まで行った訳だ」

 この鬼は、いちいち規格外だ、と思ってはいたが、時間の感覚が違いすぎる。だけれど、杏の関心は、別に向かう。

「退屈じゃなかった?」

 百年も。と付け足したら、柳はちょっと驚いたように目を開いた。

「別に。山にいれば仲間もいるし、下界に降りれば人間がいたから。それに、百年なんて一瞬だ」
「そう?」

 百年、と杏は繰り返した。十代の終わり。今の年齢を五倍しても、彼の一瞬にも満たないのだ、と思ったら、妙な気分だった。

「こういうのを『白駒の隙を過ぐるが如し』と言う」
「漢文ね。習ったわ、高校の時」

 そう言いながら、高校生だった頃の自分を杏は考える。だけれど、高校生だろうと、大学生だろうと、同じだった。隣には、本当に好きだと思った男の子。本当に好きだと思ったのに、いつの間にかその顔は変わってしまった。高校で一人、大学に入ってから一人。どちらも永遠に愛せると思っていた時があった。それに比して、別れなんてどちらも一瞬だった。
 そんな陳腐な永遠ではなくて、本当に、ほとんど永遠に生きている柳というこの鬼が、どうしようもなく遠くて、どうしようもなく近いと思った。
 出会いから、たった一ヶ月。
 二人の間を繋ぐのは、多分、興味とか、関心とかいう、なんの呵責もない関係だった。だが、百年が一瞬なら、一ヶ月はなんだろう、と杏は思う。
 一ヶ月あれば講義は馬鹿みたいに進んで、季節は冬に入りかけて、たくさんのことが起こるのに、彼にとっての一ヶ月は、なんてことないものなのだろうと思う。

(住む世界が違う―――)

 そんなふうに思うこともあった。だが、一ヶ月そこらで、住む世界が違うとか、違わないとか、そんなことを言うのは馬鹿馬鹿しくも感じた。

 奇妙な出会いから、少なくとも、一ヶ月。少なくとも、双方の興味は尽きなかった。