弐
「住む世界が違う」
柳の同朋は、ばっさりそう言い切った。
「馬鹿だね。最近見ないと思ったら、人間なんかに感けていたのか?」
そう言って、簡素な杯に注がれた強い酒を彼は一気に呷る。
「これがなかなか面白い女でな」
柳が笑いながら噛み合わせずにそう言ったら、嫌だ、嫌だと蒼い髪をした鬼は言った。
「嫌だねえ、これだからお前は。お前の人間好きにはあきれるよ‘蓮二’」
「嫌味な男だ」
‘名前’を呼ばれたので、柳はさすがに眉をひそめて、その鬼を批難した。蓮二―そんな名だった頃もあった。
『蓮のように美しい方ね』
『泥の中から咲くのだわ』
『とても美しい方』
そう繰り返した女は、都に嫁いだ。嫁いでのちのことは、知らない。
杏と出会って、人の暦なら師走がきた。三ヶ月というところか。
四方山話は尽きなかった。だけれど、尽きゆくものもある気がしていた。―――まるで、己を蓮に例えた女のように。
だからこそ、今こうして、はらからの許に来た。別に、どうしようもなくなった訳ではない。だけれど、彼に会ってみて、本当に久しぶりに人間に己が映ったから、浮かれていたのは間違いなく思えた。
「断言できる。その子、そのうちお前が見えなくなるよ」
酒をすすって、彼は言った。そんなの、幾度となく繰り返してきたことだったのに、言われなければ認められなくなっていた。
「そうだね。春。春になれば―――見えなくなりそう」
鬼は陰の生き物だ。春。彼の言う春、というのはもうすぐそこだった。人の暦なら、年が明ければ、春である。陰気が陽気に転じる。陽中の陰に転じれば、見えなくなるだろうという彼の推測は、当たっているように思われた。
「いいさ」
そんなこと、分かっていたつもりだった。判っていたつもりだった。だけれど、もしかしたら、彼女の目には己がずっと映っているのではないか、と思ったのも嘘ではない。いつもそう思う。いつもそう思って、だけれど人間はいつも自分たちを裏切る。
己を蓮に例えた色白の女も、抜き身の大刀を投げて寄越した大男も、それから、杏も。
「酒の不味くなるような話しかないのなら、そろそろ帰ったらどうだい?お前のところの山は、このところずいぶん天気が悪いと聞くけれど?」
「俺は山に手を入れないからな」
素知らぬ顔で言って柳は酒を呷る。天気が悪い。確かにそうだった。このところ、柳の住む山では吹雪が続いている。季節外れではないが、どうにも良くない天気であることには違いなかった。
彼らは、その気になれば天候くらい左右できる。でなければ、鬼神として祀られたりしなかっただろう。だけれど柳は、今まで一度もその術を使ったことがなかった。
「人はそんなに弱くない」
「どうだか」
目の前の鬼は、面倒そうに言って、酒杯を舐めた。
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