ごろごろと、柔造は布団の上で思案をしていた。怠惰そのものである。
 どんどんと、時間ばかりが過ぎていく。平和そのものである。

 不浄王の一件が落着して二週間というところか。不浄王が討伐されて、みな無事だったことののちに、泣いて泣いて、会いたくなかった、自分たちは鏡だった、互いに裏切ったということを泣きながら互いに言って、その夜は褥を共にした。もうどうしようもないほどに、柔造は蝮を求めた。蝮はまだ体調が万全ではなかったが、その柔造を受け入れた。蝮が処女だったのは、柔造にとっては分かっていたことだった。自分はたくさんの女性と経験があるのに、と思うと少し苦い笑いが漏れたが、そんな蝮を大事に大事に抱いた。
 その次の日にあった、「蝮もらいますわ」というのは、周りにはもはやこうなるだろうとしかずっと思われていなかったことだった。蟒は右目は戻らないと言ったが、それでも、という柔造の思いに覚悟を感じ取った。そうして蝮はというと、罰には思えないと頬を赤らめて言ったから、明陀内部はほとんど「やっと柔造さんの恋路が叶ったか」という感じであった。
 しかしである。
 その翌日のことだった。

「やっぱり、あて、あんたと結婚するの罰に思えんの」

 と虎屋の一室で体を起こした蝮に柔造は言われた。

「幸せすぎて、幸せすぎて。あてはずっと柔造が好きやった。でもあては家族である明陀も、一等愛した、今まででの短い生の中でずっと、物心ついた時から大好きで、愛していたあんたも裏切った。だから、やっぱりこんなふうに裏切り者のあてが幸せになってはいけんような気がしとるの」

 ごめんな、と続けた蝮を、柔造は抱きしめた。

「お前はいっつも考えすぎや。そんなんええやん。俺たちは、互いに道を踏み外した。矛兄が死んだとき、あのとき俺たちの心は、言葉はずっと一緒やった。そうやったのにだんだん俺たちはすれ違っていった。俺自身が信じてないものを信じろと言った俺も、明陀の和尚様にも蟒様にもうちのお父にもいろいろ聞かずに、自分の考えだけで裏切ったお前も、互いに言葉を交わせばよかったんや。だから、これからは言葉を交わして、心を交わして、互いの目ぇ見て、そうして互いに分かっていけばええんや」

 そう抱きしめらたまま言われて、蝮は片方だけになってしまった目からぽろぽろと涙を彼の肩口に落とした。彼の普段着のTシャツに、その涙は吸われた。

「ほんまに、ええのかな。やり直せるかな」

 泣きながら言われた言葉に、柔造は何度も彼女の背中をやさしくさすって言った。

「やり直せる。大丈夫や。今度は絶対裏切らん、今度は絶対お前を守る」
「うん、もう、柔造が怖くない。あんなに、こわいと思っていたのに」
「俺も、蝮を見ていて自分にいろいろを突き付けられると怖かった。だけど、今なら愛し合える」

 ごろごろと、彼女はすさまじいスピードで坂を駆け下り、そうして落下した。
 その落ちてしまった蝮を、どんどんと引き上げたのは柔造だった。
 それは落下した柔造を蝮が引き上げたのもまた、同じことだった。





 ごろごろしていた柔造を八百造が蹴り飛ばす。

「非番や言うていつまでも寝とんな!お母が起こしてこい言うから起こしてやったぞ」

 そう言った八百造に「寝てへんもん」と屁理屈のようなことを言って布団の上でごろごろしながら眺めていたカタログを八百造は覗き込む。

「指輪?」
「うーん、ネックレスとかもあるんやけど、どっちか蝮に似合うかなあって」

 どんどんと話を進めるつもりの息子に、八百造はふと笑った。蝮がやっと、結婚というか恋人としての付き合いを受け入れたのを知っていたからだった。

「まー、お前の恋心は京都出張所全員知ってたけど蝮ちゃんだけ知らんかったからなぁ」

 嫌味のように言ったら、バンバンとうつぶせのまま柔造は布団を叩いた。

「出張所におらん廉造どころか金造さえ知ってたのに、憐れやな」
「お父それ以上やめて…俺の心のSAN値がガリガリ削られる」

 産地?なんで?と思いつつ、八百造は笑いながら彼の部屋を後にした。

「まあ、精々気張りや」

 ドアから出る直前に振り返ると、ちょっと意地悪く笑ってそう言った。


ごろごろ
どんどん
欲しいものがなかなか手に入らない苦しみ…?