怨憎会苦
ずきずきと傷が脈打って、蝮はその男をようやっと見やった。
ばちばちと感情がはじけ飛んで、柔造はようやっとその女を見た。
見た。
何年ぶりのことだろうと、二人は思う。
互いの目を見たのが、互いのことだけを考えたのが、互いの心を見ようとしたのが。
もう長いこと、二人は互いを見ようともしなかった。互いに会おうともしなかった。
「ずっとそこにいたのに」
ぽつりとつぶやいたのは蝮だった。まるで怨敵を見つけたように言うのが自分でも可笑しかった。ずっと会いたくなかったのだ。ずっと、その目を見たくなかった、その心を見たくなかった。
彼女の決意は果たして実った。
彼女の最も望まぬ形で以って。
「ああ、ほうやな」
応じて、柔造はその熱を持った手に自身の厚く硬い手を重ねた。
彼女の裏切りは、果たして実った。
彼女が信じたその裏切りは、しかしながら何の意味も為さなかったけれど!
「ずっと、ずっと」
「会いとうなかった」
「そう、会いとう、なかった」
嗚咽交じりに言われた柔造は、継ぐべき言葉のすべてを知っていた。
「あの日、あんたがもう何も、兄様の死すら疑わなくなっていたときから、あてはもうあんたに会いとうなかった。なんて、こわい、じゅうぞう」
たどたどしい声で呼ばれた自分の名に、柔造は彼女の小さな体を抱きしめた。
あの日、夕暮れに自分が言ったことを思い出した。信じていればいいと言った。一分も信じていない自分が!そう言ったのだ!と彼は思う。
自分も信じていないものを信じろと、彼は言ったのだ。
二人が信じられるのは互いだけだった。
信じた兄は、そのすべてに殉じてしまった。そのように、そのように互いをさせぬためだけに、自らの弟と妹をそうせぬためだけに、二人は互いを支えに生きてきた。
そうしてきた、はずだった。
そうだというのに、あの日、自分の口からこぼれた信じろという言葉の浅薄さを、そうしてすべてを裏切るという選択をした自身の行動の愚かさを、二人は今、互いに思う。
思うゆえに、会いたくなかった。
それはまるで、恨んで憎んだ相手に引き合わせられるようだった。
それはまるで、鏡の前に立たされて、自らの愚を看よと言われるようだった。
二人が憎んだのは互いではない。自分自身だった。
「お前は鏡」
「あんたは……鏡」
「ここにいたんが、お前で、こっちにいるんが、俺だったことに、きっと必然性はない」
どちらが先に手を放したのだろうと二人は思う。
ずきずきと、結び目が痛む。結わえたそれを放すことなどできはしなかったのに。
ばちばちと、二人の思いは弾け飛ぶ。
「あては誰よりも」
「俺は誰よりも」
愛していると、言えたなら。
ながためだけに、わたしはある。
ずきずき
ばちばち
憎い相手に会う苦しみ
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