「大丈夫ですか」

 パサッと掛けられたのは、大きめのカーディガンだった。学校指定のそれが自分のものだというのはすぐに分かった。

「あ、すみません。真田さんに言ってバッグ持ってきました」

 引退してからの青学との合同合宿に顔を出したまではいいが、練習試合の相手などをする前に、体調を崩してしまった。病気が治っていても、免疫力は落ちているらしく、冬前の寒さは少々こたえた。

「悪いね、えっと…」

 少なくともそれを持って来てくれた女の子が立海のマネージャーではない、ということしか、俺には分からなかった。

「小坂田です。青学の、小坂田朋香っていいます。立てますか」

 医務室まで行きましょう、と彼女は俺を支えるには少々不安な、だけれどすごく丈夫に見える肩を差し出した。これなら、俺を支えられるんじゃないか、と実質を伴わない変なことを思ったのは、その時自分が弱っていたからか、それとも彼女があんまり眩しかったからなのか、今でも分からないけれど。

「大丈夫。歩けるよ」
「ダメですよ!無理しないで」

 そう言って彼女はぐいっと俺の腕を無理くり自分の肩に掛けた。

「重いでしょ」

 その動作がおかしくって、笑いながら言ったら、彼女は困ったように言った。

「そういうのって女子のセリフですよ」
「それもそうだね。ほんとに大丈夫だよ。歩ける」
「私こそ大丈夫ですよ。私、テニスはからっきし分からないからこれくらいしかできないんですよ」

 ドリンク渡すとか、手当てするとか、と彼女は続けた。

「合同マネージョーの割に平凡でしょ、なんか。スコア付けたり、計算したりは出来ないんです」

 でも臨時だし、と、俺を支えて歩きながら、俺がいろいろなことを心配しないようにだろう、当たり障りのないことを彼女は言った。

「平凡じゃないよ、全然」

 呟くように言った声は、多分彼女に聞こえていなかった。





「日本の週刊誌もしつこいからなあ」

 やだなあ、と、飛行機を降りてスマホの電源を入れて最初に出てきたのはそれだった。蓮二にもらった情報だから間違いはないだろうけれど、ニューヨークからの便が欠航だと誰がいるのかくらい書いてほしかった。

「ニューヨークに今いるのは越前だよね」

 独り言ちるように呟いて、越前には竜崎さんがいるから、こんなふうに火の無いところに煙を立てるような真似をされずに済むんだ、と恨みごとめいたことを考えてしまう。

「希望は桃城、かなあ」

 俺はとにかく良い方に事を考えることにした。そこにいるのがちゃんと庇ってくれて、かつ、変な貸し借りを作られない相手であることを祈ってしまう。

 ―――だからまさか、それが彼女だなんて思いもしなかった訳だった。