全国大会決勝。兄たちと見に来ていたのだが、途中で喉が渇いてしまった。
夏風
「お兄ちゃん、ちょっと外の自販機に行ってくる」
「杏ちゃん一緒に行こうか?」
「大丈夫。来年に向けてしっかり観てて」
アキラくんの申し出を断って、会場から出る。自販機は会場の外、すぐそばにあった。
「あ…」
少し離れた所から見えた明るい頭。向かっていた自販機から飲み物を取り出す姿に釘付けになる。
兄の様にばっちりと金に染められた訳ではない、脱色した、と言う方が正しい明るい金。跳ねた後ろ髪。
ひよこみたいだ。それも生まれたてのヨレヨレのひよこ。
柄にもなく失礼なことを考えた。私はその髪の持ち主を知らない訳ではない。四天宝寺中の三年生、忍足さん。石田くんとアキラくんのダブルスを破った片割れだ。だからこんな失礼な考えに至ったのかなと首を傾げながら自販機に 近づくと、向こうもこちらに気づいた。
「…あ、不動峰の女子マネやん」
おーいと手を振る姿に少しだけムッとする。よく勘違いされるが私は不動峰のマネージャーではない。女子テニス部でちゃんとテニスをしているのだ。彼の呼びかけに応じた訳ではないけれど、仕方がないので自販機に向かう。
「何か用ですか、忍足さん」
視線はくれてやらずに自販機とにらめっこしながら言ってやる。…オレンジジュースが売り切れだ。ついてないな。
「あ、俺ん名前覚えとってくれたん?」
それには応えずスポーツドリンクのボタンを押す。
「なん?何怒っとるん?」
疑問符を浮かべた忍足さん。何も不動峰のマネージャーに間違われたくらいでこんなにも苛立っているのではないことは、自分でも分かっている。
アキラくんたちが彼に負けたこととか、兄が自分の因縁の決着に試合を使ってしまったこととか、頑張ってきた深司くんたち部のみんなのこととか。色々な思いが駆け巡って私を苛立たせた。
「私、不動峰のマネージャーじゃないですから」
「そうなん?」
ずいぶん驚いたふうの忍足さんを見て、スッと息を吸う。
「橘桔平の妹、橘杏です」
「え!自分、橘の妹なん!?見えへんかった」
「女テニやってるんです」
言ってしまうと、何だかすっきりして渦巻いていた苛々が引いていった。
「すまんかったな、勘違いして」
「いいですよ、普通あの状況じゃマネージャーに見えるだろうし」
軽く笑ってそう言うとこっちこっちと手招きされた。
「日陰で飲もうや」
そう言われて日陰のベンチに並んで腰を下ろす。
「何やほんまに橘の妹には見えんな」
「そうですか?」
うん、と言って忍足さんが飲んだのがオレンジジュースなのを見てちょっと羨ましいと思ってしまう。この人が最後の一本を買ったのか。
「神尾くんやったよな、あと師範の弟くん。結構強かったで。神尾くんはごっつ速かったしな。」
「パワーアンクルまでつけて完勝したのにそれ言うんですか」
そう言って顔をのぞき込むと忍足さんは少し困った様に笑った。
「浪速のスピードスターがいたっちゅー話や。まあ、うちも負けてもうたけどな」
頬を掻く忍足さんを見て準決勝の時のことを思い出す。オーダーではダブルス1にいたはずだったこの人は、四天宝寺の勝ちにこだわって千歳さんにそれを譲ったのだ。それはあまりにも潔い退き際だった。
「忍足さん、かっこいいな」
「はあ!?」
思わずぽつんと呟くと忍足さんは過剰な程反応してくれた。それでも私は続ける。
「退き際が潔くって、かっこいい。テニスも強いし…」
「別にそんなことあらへん。テニスかて橘の方が強いで」
パタパタと顔の前で手を振って否定するが、それさえも謙遜に見える。
「忍足さんは、強い。兄さんとは、違う」
兄の様に躊躇うことも、千歳さんの様に未練を残すことも、きっとこの人には無い。
「そら環境の問題っちゅー話や。そう見えただけやろ」
さっきまで赤くなっていたのに、打って変わって真面目な顔で忍足さんはまた私の言葉を否定した。
「橘は強いで、テニスもメンタルもや。そういうことは妹の君が信じてやらんといかんよ」
「忍足さん…」
ハッキリと言い切った忍足さんはやはりかっこいいと思う。
「なあ…」
「はい?」
「その忍足いうのやめん?何や慣れてへんからくすぐったいわ」
さっきまで真面目な顔だったのがくしゃっと笑うことで崩れる。
「そう…ですか?」
「おん。それに氷帝にも忍足おるやん。混ざるやろ。」
そう言えば、よく跡部くんと一緒にいるあの天才の名前も『忍足』だった。何か関係あるのだろうか?
「でもなんて呼べば…」
「謙也でええよ」
パッと笑った顔が眩しい。
「…じゃあ、謙也さん。」
「おう」
あんまり嬉しそうに笑うから、ちょっと照れてしまう。
「そのオレンジジュース、一口ください」
―こんな、セカンドコンタクト
to be continued?
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謙也がへたれじゃない\(^o^)/
2012/3/17